清見寺の鐘声
本文約1,500字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
病により清見寺のふもとに身を寄せる著者が、夜半の鐘の音に耳を傾ける。かつてこの地で過ごした日々を回想し、時を経て再び訪れた清見潟の変わらぬ風光と、病に伏す自らの数奇な運命を重ね合わせる。山水の静寂と対照的な人間の生死の迷いや、自らの身のあり様を問い、鐘の響きに心を通わせつつ抱く苦悩や思慕を綴る。古都に戻った後も、響き渡った鐘の音とともに、胸に去来するやるせない想いと向き合う様を描く随筆。
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夜半のねざめに鐘の音ひゞきぬ。おもへばわれは清見寺のふもとにさすらへる身ぞ。ゆかしの鐘の音や。
この鐘きかむとて、われ六とせの春秋をあだにくらしき。うれたくもたのしき、今のわが身かな。いざやおもひのまゝに聽きあかむ。
秋深うして萬山きばみ落つ。枕をそばだつれば野に悲しき聲す。あはれ鐘の音、わづらひの胸にもの思へとや、この世ならぬひゞきを、われいかにきくべき。怪しきかな、物おもふとしもあらなくに、いつしかわが頬に涙ながれぬ。
間どほなる鐘の音はそのはじめの響きを終りぬ。われは枕によりて消ゆるひゞきのゆくへもしらず思ひ入りぬ。
第二の鐘聲起こりぬ。夜はいよ/\しめやかにして、ひゞきはいよ/\冴えたり。山をかすめ、海をわたり、一たびは高く、一たびはひくく、絶えむとしてまたつゞき、沈まむとしてはまたうかぶ。天地の律呂か、自然の呼吸か、隱としていためるところあるが如し。想へばわづらひはわが上のみにはあらざりけるよ。あやしきかな、わが胸は鐘のひゞきと共にあへぐが如く波うちぬ。
おもひにたへで、われは戸をおしあけて磯ちかく歩みよりぬ。十日あまりの月あかき夜半なりき。三保の入江にけぶり立ち、有渡の山かげおぼろにして見えわかず、袖師、清水の長汀夢の如くかすみたり。世にもうるはしきけしきかな。われは磯邊の石に打ちよりてこしかた遠く思ひかへしぬ。
おもへば、はや六歳のむかしとなりぬ、われ身にわづらひありて、しばらく此地に客たりき。清見寺の鐘の音に送り迎へられし夕べあしたの幾そたび、三保の松原になきあかしゝ月あかき一夜は、げに見はてぬ夢の恨めしきふし多かりき。
六とせは流水の如く去りて、人は春ごとに老いぬ。清見潟の風光むかしながらにして幾度となく夜半の夢に入れど、身世怱忙として俄に風騷の客たり難し。われ常にこれを恨みとしき。