TRENDIA CLASSIC
芽生
宮本百合子
1 / 51
鴨
青々した草原と葦の生えた沼をしたって男鴨は思わず玉子色の足をつまだてて羽ばたきをした。幾度来てもキット猫か犬に殺されるものときまった様な自分の女房は十日ほど前にまっくろな目ばかり光る魔の様な黒猫にのどをかみきられて一声も立てずに死んでしまった。たった一人ぼっちのやるせない体を楓の木の下にすえてこの頃メッキリ元気のなくなった鴨は自分の昔の事を悲しいつらい気持で思いかえした。
「己は若かった――ウン今思い出しても胸のおどる位元気よく若かった――そして羽根も自由に飛ぶ力をもって居た!」
灰色のまぶたの下にどんよりした目をかくして尚思いつづけた。
「あの沼に居た頃は、マアどんなに嬉しい事ばかりだったか――己は、あのしおらしげな姿をして居た娘を、どれほど可愛がって居たんだか――あの娘も己を思って居て呉れたんだ。己達はいつも二人並んで歩いたり泳いだりして居たっけが人様よりも美くしい毛色をもった己はいつも仲間からうらやまれて居た。泳ぎ出しの姿がいいとほめたのもあの娘だったし、好い事があるときっと自分をよんだのもあの娘だった。別れてからこんなに時が立っても己には忘られないほどあの娘は私の心に喜びを与えて呉れたんだった。けれ共――あの娘は今どこに居るか、生きて居るか、死んで居るかという事さえ分らないじゃあないか……」
男鴨は目をあいてかんしゃくを起した様に身ぶるいをした。あたりを見るのもものうい様に自分が目をあけると、見たもの一つ一つから悲しさが湧いて来る様で又いかにも弱々しく力なげに目をつぶった。
宮本百合子の他の作品
TRENDIA CLASSIC
男…は疲れてい
る
宮本百合子
男…は疲れている
宮本百合子 ・ 約5分
TRENDIA CLASSIC
きょうの写真
宮本百合子
きょうの写真
宮本百合子 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
結婚相手の性行
を知る最善の方
法
宮本百合子
結婚相手の性行を知る最善の方法
宮本百合子 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「現代百婦人録
」問合せに答え
て
宮本百合子
「現代百婦人録」問合せに答えて
宮本百合子 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
戦争・平和・曲
学阿世
宮本百合子
戦争・平和・曲学阿世
宮本百合子 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
ソヴェト「劇場
労働青年」
宮本百合子
ソヴェト「劇場労働青年」
宮本百合子 ・ 約5分
TRENDIA CLASSIC
婦人民主クラブ
について
宮本百合子
婦人民主クラブについて
宮本百合子 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「愛怨峡」にお
ける映画的表現
の問題
宮本百合子
「愛怨峡」における映画的表現の問題
宮本百合子
TRENDIA CLASSIC
愛
宮本百合子
愛
宮本百合子
TRENDIA CLASSIC
「愛と死」
宮本百合子
「愛と死」
宮本百合子
TRENDIA CLASSIC
合図の旗
宮本百合子
合図の旗
宮本百合子
TRENDIA CLASSIC
愛と平和を理想
とする人間生活
宮本百合子
愛と平和を理想とする人間生活
宮本百合子