芽生
本文約40,500字 ・ 読了時間 約81分
あらすじ(AIが作成しました)
配偶者を亡くし、羽を切られ人間から不自由な生活を強いられる一羽の男鴨が、絶望の中で自身の運命と死について思索を巡らせる。著者は、鴨の視点を通じて人間の狡賢さや残酷さを浮き彫りにし、さらに女性の生き方や心理、現代における宗教観や人間の知恵の変化についても独自の随筆を綴る。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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鴨
青々した草原と葦の生えた沼をしたって男鴨は思わず玉子色の足をつまだてて羽ばたきをした。幾度来てもキット猫か犬に殺されるものときまった様な自分の女房は十日ほど前にまっくろな目ばかり光る魔の様な黒猫にのどをかみきられて一声も立てずに死んでしまった。たった一人ぼっちのやるせない体を楓の木の下にすえてこの頃メッキリ元気のなくなった鴨は自分の昔の事を悲しいつらい気持で思いかえした。
「己は若かった――ウン今思い出しても胸のおどる位元気よく若かった――そして羽根も自由に飛ぶ力をもって居た!」
灰色のまぶたの下にどんよりした目をかくして尚思いつづけた。
「あの沼に居た頃は、マアどんなに嬉しい事ばかりだったか――己は、あのしおらしげな姿をして居た娘を、どれほど可愛がって居たんだか――あの娘も己を思って居て呉れたんだ。己達はいつも二人並んで歩いたり泳いだりして居たっけが人様よりも美くしい毛色をもった己はいつも仲間からうらやまれて居た。泳ぎ出しの姿がいいとほめたのもあの娘だったし、好い事があるときっと自分をよんだのもあの娘だった。別れてからこんなに時が立っても己には忘られないほどあの娘は私の心に喜びを与えて呉れたんだった。けれ共――あの娘は今どこに居るか、生きて居るか、死んで居るかという事さえ分らないじゃあないか……」
男鴨は目をあいてかんしゃくを起した様に身ぶるいをした。あたりを見るのもものうい様に自分が目をあけると、見たもの一つ一つから悲しさが湧いて来る様で又いかにも弱々しく力なげに目をつぶった。