獄中への手紙
本文約173,400字 ・ 読了時間 約347分
あらすじ(AIが作成しました)
巣鴨拘置所に収監中の夫・宮本顕治へ向けて、駒込林町の自宅から送られた書簡集。著者は、戦時下の厳しい社会情勢や統制による不自由な生活を報告しつつ、日々の家事や読書、疎開していく街の変容を綴る。また、自身の気質に関する夫からの批評に対してユーモアを交えて応じ、離れていても変わらぬ愛情と、困難な時期にあっても前向きに自身の生活や執筆活動を維持しようとする精神的な自立心を伝える。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一月二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
初春景物
笹の根に霜の柱をきらめかせ
うらら冬日は空にあまねし
こういう奇妙なものをお目にかけます。うたよりも封筒をさしあげたいからよ。[自注1]かいた手紙は厚すぎて入らず。
二日
[自注1]封筒をさしあげたいからよ。――この手紙は日本風の巻紙に毛筆でぱらりと書かれている。歌の行を縫って検閲の小さい赤い印がちらされている。封筒は正月らしい色どりで若松に折り鶴が刷られたもの。
一月二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
一月二日
あけましておめでとう。ことしの暮はめずらしい暮でした。従っていいお正月となりました。そちらも? でも、大笑いして居ります。餅のような、という言葉は、子供の頬や女のふくよかな白いなめらかさに形容されて、日本にしかない表現でした。美しくて愛くるしい表現でした。ところが、もし今年の餅になぞらえて、あなたはほんとにおもちのようよと云われたらそのひとは、どんな返事が出来るでしょう、と。こんなにブツブツでうすくろくて、愛嬌がなくて。餅もそうなっているというところに、何ともいえないいじらしさはあるにしてもね。憐憫と、うれしい愛くるしさとは別のものですもの。
ことしは、大分わたしの意気込みがあって、大晦日には二階はちゃんと煤もはき、よく拭き、御秘蔵の黒釉の朝鮮壺には独特の流儀に松竹梅をさしました。そして壁にはこれも御秘蔵のドガのデッサンの複製をかけました。赤っぽいものは机の上の飾皿だけです。なかなかさっぱりときれいです。花はこれを書いている左隅の障子際においている白木の四角い書類入箱の上にのって居ます。今坐って居りますが、七日ごろになったら久しぶりで机の高い方を出して腰かけにします。