獄中への手紙
本文約119,700字 ・ 読了時間 約240分
あらすじ(AIが作成しました)
拘置所に収監中の夫・顕治へ宛てた手紙と、解放後の再会までを描く。戦時下の困窮や空襲の脅威の中で、自然を愛で、日常の家事や疎開準備に追われる著者の生活が綴られる。また、執筆活動への意志や、人間としての精神的な鍛錬について記す。夫の帰還を知るまでの日々や、網走から解放された後の再会に至るまでの混乱と安堵、そして二人の絆を、戦時という時代背景とともに簡潔に収める。
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一月二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
一九四五年一月二日
明けましておめでとう。爆竹入りの越年でしたが、余り近い所へ落ちもせず、しずかな元日でした。その上昨晩は思いのほか通して眠れたのでけさは特別よい二日です。寿江子が帰って来ていて、大晦日は、わたしが床に入ってしまってからブーの間にすっかりテーブルに白布をかけ、飾り、お正月にしてくれました。三十一日によそから届いたリンゴもあり。いまは、おそい御雑煮をたべて、炬燵のところに小机をもちこみ、足先を温くしてこれを書いて居ります。書いている紙の右端に風にゆれる陽かげがおどって居ります。
この春はよき春なりとのらすれば妻も勇みて若水を汲む
このなますたうべさせたき人ぞあり俎の音冴ゆる厨べ
三十一日の五時に壕に入ったとき、暁方の風情を大変面白く思いました。月がまだ西空に高くて、空気は澄み、しかしもうどこやらに朝の気配があって、暁の月と昔の人が風流を感じた気分がよく分りました。この節は何年ぶりかで早朝の景気のいい冬靄と、草履の下にくだける霜と朝日に光る小石の粒などを眺めて歩きますが、こういう冬の刻限の戸外の景色などというものは滅多に見ません。自然の景物の観賞というのも様々の時代の特色があることね。この頃のわたし達は壕に入るとこの風流で。それにしても三十一日の暁の景色は優美でした。
そちらはいかがな元日でしたろうか。大局的嘉日でしたというわけでもありましょうか。それが窮極のおめでたさね。