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TORENDIA

遺恨

本文約10,600字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

戦後のインフレに苦しむ梅木先生は、飢えと悲愴な覚悟を抱えて中華料理店へ向かう。店内での屈辱的な体験を通じて現代社会からの落伍を痛感した先生は、家庭においても妻アキ子や学生たちとの交流で疎外感を深めていく。やがて衰弱した先生のもとへ学生たちが女性を連れて現れるが、混迷した意識の中で先生は狂気的な行動に出る。本書は戦後の混沌とした時代背景の中、精神的に追い詰められた知識人の姿と絶望を極めた末の最期を描く。

坂口安吾

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梅木先生は六十円のオツリをつかんで中華料理店をとび出した。支那ソバを二つ食ったのである。うまかったような気がする。然し、味覚の問題ではない。先生は自殺したくなっていた。インフレ時代に物を食うということが、こんなミジメなものだとは。お金をだしながら乞食の自覚を与えられたのであった。

梅木先生は裏口営業とはどんなものか知らなかった。終戦以来、料理店の門をくゞるのは、はじめてゞあった。

裏口営業などゝ云われているが、表に、只今営業中、という札が下っている。すると、裏口とはどういうことだろう? いっぺん裏口をくゞったら、どんなに爽快だろうか。せめて、只今営業中、の表口でいゝからくゞってみたいものだと考えていたのである。

この日、梅木先生は一方ならぬ決心をしていた。どうしても、食う。あの只今営業中、の札のかゝった戸口をくゞるのだ。

悲愴な覚悟というものは、たとえば味覚に端を発していながらも、結局は特攻隊と同じような、支離滅裂な亢奮と絶望に帰一するものらしい。

戸口をくゞる時から、梅木先生の覚悟はたゞ事ではなかった。逆上、それから、混乱だ。

けれども、店内は、意外や、あたりまえの店内の風景であった。つまり、昔、先生も記憶にある支那ソバ屋の風景だ。三組の客がいる。奇妙に、みんな女である。一組は女学校をでて間もないような三人づれ、一組は、ダンサアとでもいうような二人づれ。あとの一組は四人づれで、これも女学校を卒業したて、というような年頃だ。みんな各々のテーブルで、支那ソバを食べたり、キャア/\笑いさゞめいたり昔とそっくりで、一向に自粛しているところはない。

戦争前の記憶の風景と同じものに接して、先生は落着いたり、なつかしい思いに打たれたりせず、まったく敵地に至った思い、全然アガッて、意識不明にちかい大混乱におちいった。

ともかく、あいたテーブルにたどりついてこしかける。

すると、キャア/\笑いさゞめいていた三人組の一人がブラリと立ちあがって、先生のテーブルの前に立ち、先生をジッと睨みつけるのである。

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