TRENDIA CLASSIC

雪霊記事

泉鏡花

1 / 8

「このくらいな事が……何の……小児のうち歌留多を取りに行ったと思えば――」

越前の府、武生の、侘しい旅宿の、雪に埋れた軒を離れて、二町ばかりも進んだ時、吹雪に行悩みながら、私は――そう思いました。

思いつつ推切って行くのであります。

私はここから四十里余り隔たった、おなじ雪深い国に生れたので、こうした夜道を、十町や十五町歩行くのは何でもないと思ったのであります。

が、その凄じさといったら、まるで真白な、冷い、粉の大波を泳ぐようで、風は荒海に斉しく、ごうごうと呻って、地――と云っても五六尺積った雪を、押揺って狂うのです。

「あの時分は、脇の下に羽でも生えていたんだろう。きっとそうに違いない。身軽に雪の上へ乗って飛べるように。」

……でなくっては、と呼吸も吐けない中で思いました。

九歳十歳ばかりのその小児は、雪下駄、竹草履、それは雪の凍てた時、こんな晩には、柄にもない高足駄さえ穿いていたのに、転びもしないで、しかも遊びに更けた正月の夜の十二時過ぎなど、近所の友だちにも別れると、ただ一人で、白い社の広い境内も抜ければ、邸町の白い長い土塀も通る。……ザザッ、ごうと鳴って、川波、山颪とともに吹いて来ると、ぐるぐると廻る車輪のごとき濃く黒ずんだ雪の渦に、くるくると舞いながら、ふわふわと済まアして内へ帰った――夢ではない。が、あれは雪に霊があって、小児を可愛がって、連れて帰ったのであろうも知れない。

「ああ、酷いぞ。」

ハッと呼吸を引く。目口に吹込む粉雪に、ばッと背を向けて、そのたびに、風と反対の方へ真俯向けになって防ぐのであります。こういう時は、その粉雪を、地ぐるみ煽立てますので、下からも吹上げ、左右からも吹捲くって、よく言うことですけれども、面の向けようがないのです。

小児の足駄を思い出した頃は、実はもう穿ものなんぞ、疾の以前になかったのです。

しかし、御安心下さい。――雪の中を跣足で歩行く事は、都会の坊ちゃんや嬢さんが吃驚なさるような、冷いものでないだけは取柄です。ズボリと踏込んだ一息の間は、冷さ骨髄に徹するのですが、勢よく歩行いているうちには温くなります、ほかほかするくらいです。

泉鏡花の他の作品