一月一日(土曜) 〔書信〕大久保明子 〔読書〕私は今日一日何も読まなかった事を恥じる。 之から新らしい一年が始まると云う事については又新らしい幸福な勇気が自分に湧き上って来るのを感じる。
久米さんが来てこの間から私の頭をなやまして居た人類の愛と云う事について話が出た。母としての人の云う事、一人の男として思う事をのべる人との間には異った点があんまり大きい。
自分は何か自分の考えを得なければならないと思う事が苦しい位明かに思われて来る。考える事は私にとって今は労力の消費をはげしくするにすぎないと云う人もあるけれ共、私は考えはあくまでもねられなければならないと云う考えから出来るだけ考える。思索を以て始められた此の一年は私にとって意味深い事である。
一月二日(日曜) 〔書信〕(来)高嶺 (返)同右 大久保 小田切 〔読書〕「宇宙の謎」を四十一頁、「戦争とパリー」を少し、四十三頁 「宇宙の謎」を読みながら思った。私共は考えずには居られない人間に生れついて居る。考えるのはいくらでもよい、親と云うものにつき自分と云うものにつきどんな学理的な解釈をしてもかまわないので有る。けれ共学理的に解剖した事は実生活に不都合かと云うに必ずそうではない。却ってたしかに親なら親を知り宇宙なら宇宙を知り得るので快いのである。今まで極くおぼろげなものであった宇宙と云うものをこの本を読んで恐ろしく学理的に書いてあってよく分って宇宙と云うものが確かに自分の見る宇宙になった。世のすべての事を神秘説で被うには及ばない。有りのままを静かに見るべきである。その結果として世の中はつまらなくなるものではない、又そうならない解釈でなければ正しくないのである。私はすべてを学理的に理解して確な踏み台に立って世の中を見るべきである。
一月三日(月曜) 〔書信〕坂本千枝子へ出 巨勢春野返 〔読書〕「宇宙の謎」三十頁 「戦争トパリー」一一三頁 書き掛けの物をいつまでも持って居るのは辛いものだ。
(八)十六枚を書きあげる。