一月一日 今年は好い正月な筈だ――と云うと少し可笑しいが、三十一日までは、何となしにぎやかで、快い正月になりそうな心持がして居た。けれども、なって見ると少し違った。妙に皆の心の中に負けおしみのようなこだわりがあって、長閑なところが少ない。それは、云うまでもなく、くに[#国男]が警察から連れてこられて、あのはじの部屋にポツンとして居るからなのである。互に不調和な心持でいけない。
夜になって、三組町の親類へやるに、俥が初出でいやがるからと云うので、私が坂本氏のところへ行った。まるで世界の違ったように、町中がしずかで、どっちかと云えば、陰気なほどである。元旦の夜よりは、大晦日の方が、活き活きして居て心持が、どんなにいいか分らない。
坂本さんの島田は大変よく似合って、美くしく見えた。女の人は、あんな束髪なんかよりああ云う頭の方が、どんなにかいい。
暫く話して帰りに『三太郎の日記』をいただいて来る。前からよみたいと思って居たので大変嬉しく思う。早速よんで見よう。
帰るとすぐ、くにが出て行く。顔を見るのが辛いようだったので、奥へ行っこんで居た。ああして、不意に出て行く者に挨拶されるのは、たまらなく辛い。いやだ。何と云っていいか分らないからいやなのだ。何だか可哀そうだから、あの部屋へ行くのにさえ遠慮をして居たのに、当人は何とも思わないと云う程平気だときいて変な心持がした。
此の元旦は、今までになかった心の経験をした。それは、此れから先の一年に対して、つよい愛惜を感じたことである。今年はいつものように、努力するとか、勉強するとか云う言葉が自分に許されないほどの緊張を感じて居る。十代の最後の一年に対してどの点から云っても、自分は忠実でなければならないと思うと、妙な哀感が湧いて来た。
千葉先生から葉書を下すって、三日に御在宅だと云う。