一月一日(金曜)晴 昨夜おそいので眠し。然し、今年からは九時起床の約束だから先ず起きる。女中が晴着を着て居るから、まあ正月という気がするが、大して元旦らしくもなし。まねのおとそ。雑煮、それでも色彩だけは仰山な口とりもつけて出した。起きたときは曇って居たがやがてよい元旦となる。小さい一人の男の子「新年おめでとう」「おやすみなさい」と教わったばかりと見えいく度もくりかえして居る声す。温泉宿での元朝は生れて始めての経験であった。年賀のハガキ。自分アドレスが分らずこまるところ沢山、わかって居るのにだけ出した。
一月五日(火曜)雨 寒 今日は仕事にて、モヤ一人放ぽり出し。
退屈まぎれに、しきりに方角を日記でしらべ、やっと甲乙丙丁庚辛壬癸を発見した。
一月八日(金曜) 帰京。天気でよかった。汽車の中に、角力や義太夫をひいきにする大男、とりまきを多勢つれて、修善寺から乗る。
ああいう種類の男を見面白かった。
他に、男妾のようなものをつれた醜い、人の好い、情の厚そうな三十五ばかりの女など。
吉奈の東府やの主人、駅前の、舟橋がこわくて、自動車を降りたのは可笑し。ゴーゴリ的人格。汽車の中にも面白い男が居た。正月の旅行はそのような点面白し。
一月九日(土曜) 昨夜は汽車弁当ですまし、女中のないところにかえって来たのだから、今夜はゆっくり家で食事をしたいのに、自分林町のおよばれでホテルに出かけた。石橋夫婦[#石橋和訓夫婦]子供が客。
石橋夫人。平凡人。ひどい平凡人で、沢山描かないと云って小言を云う。彼のように生産的でもそういう不平をきくなら、他の人であったらどうだろう。
Artist's life is not easy in anywhere.
という。少し説教してあげたい位であった。
十一時頃かえり、門明かず困って居ると、Y、かえって来。丁度よかった。花の茶屋というのに、秀雄と行った由、ほろよいで愉快そうであった。
一月十日(日曜) 今日は二人でエンジョウイしようとして外出。
一月十一日(月曜) 自分、湯ヶ島から少し引きかけの風邪よろしくなく、とても工合がわるい。