一月一日(土曜)曇 寒 ことしから又日記をつける。自分の生活をはっきりさせるために。一日のうち、自分がどんなに生活を営んだかということをはっきりさせるために。去年は、ここの家での生活というものを知らず、生活の本質を知らず、非常に多く労し、多く苦しい思いもし、SKの間で旋回した。今年はそういうことはなくして、自分の勉強や生活態度というものを守って暮す技術を身につけたいと思う。
今年は日記が本やに出ない。仕方がないから三年前の日記をもち出して、つける。曜日が三日前についているのは不便だが。太郎、咲、昨夜おそく赤倉からかえる。太郎の身ぶりが一寸かわっていて面白い。国、昨日午後自分が巣鴨へ行っている間に国府津へ立った。寿に私がいそがしそうにしているのや家のガタガタがいやだから行くと云っていた由。寿二十九日に長者町へ引越し。どうしてもここで年越しはしないとガンばっていたので、ひどい無理をした。が三十日にかえって元旦も食堂のアンカでごろごろしている。
〔欄外に〕
太郎の学校の式の前、みんなで雑煮をたべる。予想していた顔ぶれとは大分ちがった。
本間の息子と娘来る。千世紙ではった小箱、羽織ひも、私達はどう生きるか、五円也、やる。ちりがみ、炭くれた。
殆ど一日臥床。疲れが出た。
この年越しは三十一日に面会した。十年来始めて。
一月二日(日曜) 〔発信〕第一信 寿江子千葉へ戻るため、千葉迄咲、送って行ったが切符買えぬ由。戻って来る。リュック背負ってフーフー。
太郎、近藤さんの長男と赤倉へ行くときまり用意、大さわぎ。
巣鴨へ手紙かく。午後じゅうかかった。
夜、ノヤさんの相談のためにパパ来。咲行き。
子供が大きくなって、子供づれの初旅に出る。親たちの生活に新しい一つの水脈が流れ入ったように新鮮なところが出来て、ナカナカよろしい。
夜、昨年三月から十二月迄の出納をしらべた。