日記
本文約9,300字 ・ 読了時間 約19分
あらすじ(AIが作成しました)
1950年という転機において、執筆活動と日常生活の傍らで共産党や新日本文学会を巡る動向、そして政治情勢の変化に翻弄される日々を綴る。執筆に励みつつも、自身の健康状態の悪化や夫婦の別離、頻発する政治的な抑圧や取り調べなど、激動する社会環境と個人の生活が交錯する姿をリアルタイムで記録する。戦後の日本社会における党官僚の動向や天皇の権威失墜、国際情勢への懸念などを通じ、当時の市井の知識人が抱える苦悩や閉塞感を淡々と描き出す。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一月一日 日 ことしは、12月29日のおかしな会以来、一つの転期に入っている。元旦早々いろいろの話をきかされる、機関のセンダンぶりについて。
一月三日 火 くら、しげ、正、つ、などがあつまる、29日の印象について。
一月四日 水 お客なし。いくらかくつろぐ。
夜T来る。
一月五日 木 新日本文学会の編集会議、夜十一時まで。
基本的人権擁護について。
一月六日 金 長島、来。くれのことがあってゆっくり。いろいろの話。こういう部面にも問題が山積。
宮、きのう、きょう、『前衛』の論文をちぢめる仕事。
一月七日 土 大森さんの口述でやっと「文学と生活」を一応まとめる。
一月八日 日 非常につかれが出ている。宮、きょうは、きのう統制委員会・政治局合同会議がきまって日曜でも出席、コミンフォルムの野坂批判新聞に公表。いろいろに考えられる。
一月十八日 水 拡大中央委員会
一月十九日 木 拡中 第二日目
一月二十日 金 三日目、地方ブロック会議、宮九州へふっとばされるらしい。
一月二十一日 土 宮九州行きについて、いろいろの意見がある。
一般報告は、いろいろ疑問をもたれる、所感に対する態度および、文化問題の部分。しかし、関東はやっきになって、本質的討論をさせない。
一月二十二日 日 細胞の集会で、疑問を出しても、それは反党的であったと自己批判させ、松川事件の被告が、所感の前半は正しく後半はあやまりであるというのはほめるべき態度である、というようなことを律、本部集会で話す。
一月二十三日 月 所感が生きているかのように、それについての検討をさせない方策ではりつめている。
政治局決定で宮九州にきまる、人事一任、わきからの報告では何もしないこと、など、を条件とする。
一月二十四日 火 天皇の威信失つい急速である。アメリカは、日本のKPはチトー化しつつあるとよろこんでいる由。