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TORENDIA

海妖

本文約16,500字 ・ 読了時間 約33分

あらすじ(AIが作成しました)

1911年7月、マタン紙の重要株主エドワルドは、私有船エイメ号でライン河を航行する。一行は夜、エメリッヒ付近で停泊中、伝説的な海上遭難事件であるメリイ・セレスト号の謎について語り合う。その直後、船の主導権を握っていたエドワルドの妻ジャネットが姿を消す。警察は転落事故として処理し、夫は空の棺を埋葬するが、その不可解な消失はメリイ・セレスト号の事件と重ねられ、巴里で大きな波紋を呼ぶ。

牧逸馬

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有名な巴里の新聞マタン紙の創設者の一人に、アルフレッド・エドワルドという富豪がある。マタン紙は、今では相当古く、その言論など世界的に権威あるものだが、エドワルド氏は、創業当時から莫大な出資をして、この事件のあった一九一一年の頃は、重要株主としてマタン社の財政を抑えていたのみならず、経営や、編輯の表面にまで活躍していた。で、巴里の百万弗新聞記者、Matin の実際の社長、と言えば、この Monsieur Alfred Edwards のことで、当時欧米の新聞界に鳴り響いた人物だった。非常な精力家、博識家で、算盤とペンを両手に使いこなしたところなど、今日のこの尖端ジャアナリズム時代を招来した最も記憶さる可き草分けの一人と言われている。其の年は、欧羅巴の記録にちょっと類のない暑かった年で、七月に這入ると間もなく、エドワルド氏は、極く親しい友人夫妻を数組、善美を尽した私有快走船エイメ号に招待して豪奢な水上の避暑旅行に出た。何しろ巴里一流の趣味人をすぐった此の一団だから、主人役のエドワルド氏夫妻を中心に、甲板の遊戯、談笑、舞踏、甘美な食卓と諧謔を載んだエイメ号は、満々たる冷風を含んで主客とも満足以上のうちに、七月二十一日月曜日、和蘭の側から、ライン河へ這入っていた。

気まぐれの、急がない旅である。景色の好いところへ来ると半日も停船して釣竿を下ろしなどしながら、一九一一年七月二十四日の夜エイメ号―― The Aime ――は、ライン中流の河床に錨を投じて、流れに押され乍ら一夜を明かすことになった。あの「ジャネットの悲劇」として西半球を騒がし、今だに忘れられずにいる神秘な事件は、この夜、投錨後間もなくの出来事だった。

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