TRENDIA CLASSIC
親ごころ
モオパッサン
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一条の街道がこれから村へかかろうとするあたりに、這い込むような小さな家が一軒、道のほとりにたっていた。彼はむかしその家に住んでいた。土地の百姓のむすめを妻に迎えると、この男は車大工を稼業にして暮しをたてていた。夫婦そろってなかなかの稼ぎ屋だったので、世帯をもってしばらくたった頃には、どうやら小金もできた。ただ、夫婦のなかには、どうしたことか、子宝がなかった。二人にとっては、それが深いなげきの種だった。ところが、その子宝もようやく授かった。男の子だったので、ジャンという名をつけた。眼のなかへ入れても痛くない、子供の顔を見ないでは夜も日も明けないと云う可愛がり方。そして、車大工とその女房は、交わるがわるその一粒種を手にとって、撫でたり擦ったりしていた。
その子供が五つになった時のことである。旅まわりの軽業師の一座がこの村へ流れて来て、役場のまえの空地に小屋をかけた。
軽業師の一行をみたジャンは、こっそり家を脱けだした。父親は足を棒のようにして息子の行方をさんざ探ねて廻った※句[#「てへん+易」、U+63A6、120-12]、ようやく探し当てることが出来たのであるが、ジャンは、芸を仕込まれた牝山羊や軽業をする犬にとり囲まれて、年老った道化師の膝にのって、声をたててキヤッキヤッ笑っていた。
それから三日たって、夕餉の時刻に、車大工とその女房が膳につこうとすると、子供がいつの間にか家にいなくなっていることに気がついた。庭のなかを探してみたが、やッぱりいない。そこで父親は道ばたに出て、声を限りに呼んだ。
「ジャン! ジャーン!」