TRENDIA CLASSIC

白花の朝顔

泉鏡花

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「あんた、居やはりますか。」

……唄にもある――おもしろいのは二十を越えて、二十二のころ三のころ――あいにくこの篇の著者に、経験が、いや端的に体験といおう、……体験がないから、そのおもしろいのは、女か、男か。勿論誰に聞かしても、この唄は、女性の心意気に相違ないらしいが、どんなのを対手にした人情のあらわし方だか、男勝手にはちょっときめにくい。ただしどう割引をした処で、二十二三は女盛り……近ごろではいっそ娘盛りといって可い。しかも著者なかま、私の友だち、境辻三によって話された、この年ごろの女というのは、祇園の名妓だそうである。

名妓? いかなるものぞ、と問われると、浅学不通、その上に、しかるべき御祝儀を並べたことのない私には、新橋、柳橋……いずくにも、これといって容式をお目に掛ける知己がない。遠いが花の香と諺にもいう、東京の山の手で、祇園の面影を写すのであるから、名妓は、名妓として、差支えないであろう。

また、何がゆえに、浅学不通まで打ちまけて、こんな前書をするかといえば、実はその京言葉である。すなわち、読みはじめに記した「あんた、いやはりますか。」――は、どう聞いても、祇園の芸妓、二十二、三の、すらりと婀娜な別嬪のようじゃあない。おのぼりさんが出会した旅宿万年屋でござる。女中か、せいぜいで――いまはあるか、どうか知らぬ、二軒茶屋で豆府を切る姉さんぐらいにしか聞えない。嫋音、嬌声、真ならず。境辻三……巡礼が途に惑ったような名の男の口から、直接に聞いた時でさえ、例の鶯の初音などとは沙汰の限りであるから、私が真似ると木菟に化ける。第一「あんた、居やはりますか。」さて、思うに、「あの、居なはるか。」とおとずれたのだか、それさえ的確ではないのだそうであるから、構わず、関東の地声でもって遣つける。

谷の戸ではない、格子戸を開けたときの、前記の声が「こんちは、あの……居らっしゃいますか。」と、ざっとかわるのであることを、諸賢に御領承を願っておいて……

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