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TORENDIA

夫人利生記

本文約12,600字 ・ 読了時間 約26分

あらすじ(AIが作成しました)

樹島は釣鐘の清水のほとりで、ある人妻の写真を視て悚然とする。その後、母の実家の檀那寺である赤門寺に墓参し、そこで亡き母の面影を重ねる体験をする。ある仏師の店を訪れた樹島は、自身の注文した摩耶夫人の像について、仏師の妻をモデルにするよう言葉を交わす。しかし、完成して届いた像を目にした樹島は、そこに亡き母の姿を見出し、驚愕とともに奇妙な因縁を感じる。物語は、摩耶夫人の像を巡る記憶と肖像の相克を描く。

泉鏡花

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瑠璃色に澄んだ中空の樹の間から、竜が円い口を張開いたような、釣鐘の影の裡で、密と、美麗な婦の――人妻の――写真を視た時に、樹島は血が冷えるように悚然とした。……

山の根から湧いて流るる、ちょろちょろ水が、ちょうどここで堰を落ちて、湛えた底に、上の鐘楼の影が映るので、釣鐘の清水と言うのである。

町も場末の、細い道を、たらたらと下りて、ずッと低い処から、また山に向って径の坂を蜒って上る。その窪地に当るので、浅いが谷底になっている。一方はその鐘楼を高く乗せた丘の崖で、もう秋の末ながら雑樹が茂って、からからと乾いた葉の中から、昼の月も、鐘の星も映りそうだが、別に札を建てるほどの名所でもない。

居まわりの、板屋、藁屋の人たちが、大根も洗えば、菜も洗う。葱の枯葉を掻分けて、洗濯などするのである。で、竹の筧を山笹の根に掛けて、流の落口の外に、小さな滝を仕掛けてある。汲んで飲むものはこれを飲むがよし、視めるものは、観るがよし、すなわち清水の名聞が立つ。

径を挟んで、水に臨んだ一方は、人の小家の背戸畠で、大根も葱も植えた。竹のまばら垣に藤豆の花の紫がほかほかと咲いて、そこらをスラスラと飛交わす紅蜻蛉の羽から、……いや、その羽に乗って、糸遊、陽炎という光ある幻影が、春の闌なるごとく、浮いて遊ぶ。……

一時間ばかり前の事。――樹島は背戸畑の崩れた、この日当りの土手に腰を掛けて憩いつつ、――いま言う――その写真のぬしを正のもので見たのである。

その前に、渠は母の実家の檀那寺なる、この辺の寺に墓詣した。

俗に赤門寺と云う。……門も朱塗だし、金剛神を安置した右左の像が丹であるから、いずれにも通じて呼ぶのであろう。住職も智識の聞えがあって、寺は名高い。

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