TRENDIA CLASSIC

式部小路

泉鏡花

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日本橋のそれにや習える、

源氏の著者にや擬えたる、

近き頃音羽青柳の横町を、

式部小路となむいえりける。

名をなつかしみ、尋ねし人、

妾宅と覚しきに、世にも

婀娜なる娘の、糸竹の

浮きたるふしなく、情も恋も

江戸紫や、色香いろはの

手習して、小机に打凭れ、

紅筆を含める状を、垣間

見てこそ頷きけれ。

明治三十九年丙午十二月

鏡花小史 [#改ページ]

鳥差が通る。馬士が通る。ちとばかり前に、近頃は余り江戸向では見掛けない、よかよか飴屋が、衝と足早に行き過ぎた。そのあとへ、学校がえりの女学生が一人、これは雑司ヶ谷の方から来て、巣鴨。

こう、途絶え途絶え、ちらほらこの処を往来う姿は、あたかも様々の形した、切れ切れの雲が、動いて、その面を渡るに斉しい。秋も半ば過ぎの、日もやつ下りの俤橋は、小石川の落葉の中に、月が懸かった風情である。

空の蒼々したのが、四辺の樹立のまばらなのに透いて、瑠璃色の朝顔の、梢に搦らんで朝から咲き残った趣に見ゆるさえ、どうやら澄み切った夜のよう。

しかし、恰好をいったら、烏が宿ったのと、鵲の渡したのと、まるで似ていないのはいうまでもない。また真の月と、年紀のころを較べたら、そう、千年も二千年も三千年も少かろう。

ただ我々に取っては、これを渡初めした最年長者より、もっと老朽ちた橋であるから、ついこの居まわりの、砂利場の砂利を積んで、荷車など重いのが通る時は、埃やら、砂やら、溌と立って、がたがたと揺れて曇る。が、それは大空を視むる目に、雲はじっとしていて、月が動くように見えると一般、橋の俤はうつろわず、あとはすぐに拭ったような空気の中に、洗った姿となるのである。

ちょうど今人の形のいろいろの雲が、はらはらとこの月の前を通り去った折からである。

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