あまり者
本文約8,300字 ・ 読了時間 約17分
あらすじ(AIが作成しました)
都会で暮らす「私」のもとに、故郷の家族から手紙が届く。そこには幼い頃の知人であり、鰻獲りの名人であった市川兵五郎の訃報が記されていた。貧しく、周囲から「あまり者」として扱われながらも、正直で勇敢に生きた彼の姿に、「私」は少年時代の記憶を重ね合わせる。山での冒険や、村の若者たちから無理な力仕事を強要された屈辱的な出来事など、兵五郎が過酷な環境で耐え忍んできた数々の回想を通じ、その孤独な半生を描く。
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郷里の家に少しばかりの金を、送金したその受取りの返事を、今朝(工場の休みを)まだ寝床にいた私の枕許へ、台所にいた妻が持ってきた。
郷里を出て、モウまる三年というもの、私と郷里の消息は、いつも、この月々の僅かの仕送りの返事に附け足されたものに依って知ることが出来た。
その消息から推して、私は、私の幼い時分の故郷が、山と、田圃と、小さい町と、川とに彩られた、嘗て、田山花袋氏の全国行脚集に、日本で一等「田舎らしい田舎」と言われた、私の故郷が、だんだんに都会化しつつあることを想像させていた。
××山のてっぺんに、上水道の貯水池が造られ、×××谷の清流に発電所が出来、二作に、間作まで稔る××の田圃が開拓されて、電車が通い始めたということなど……
「兄さん、私は車掌の試験を受けて合格しました。明日から乗務することになりました……」
家からの手紙を凡て代筆する弟から、この消息を受取ったのは此の前の手紙でであった。
彼処の森を伐ったというから、電車は、あの池の上辺を通っているだろう。そうすれば××町のあたりは軒並も多少変ったろうし、賑やかにもなったろう……あの池も、この前のように、あんな沢山の鮒や鯉はいなくなったかも知れない……ひょっとすれば、多少埋立てたかも知れない?……等と、私は想像をめぐらしていた。
そして、今朝の手紙に、また、多少の想像が、証拠だてられるような、変化を消息されているだろうと思いながら、私は寝床に腹這いながら、封を切って読んでみた。
しかし、そんな風物の移り変りに就ては、今度の手紙は何も知らさなかった。ただいつもの通りの送金受取りの簡単な礼と、次のようなことが記してあった。
「……兄さんは、市川兵五郎さんを御承知でしょう、あの魚獲りの名人、あの人がね、七日に死なれました。まだ三十五だった相です……」
「市川兵五郎?」と一寸私は、私の記憶を探した。そしてすぐ思いだした。そして単に兵さんと言えば、もっと早く判ったろうと思った。市川兵五郎と物々しくなったので、あの、色の黒い、親しい男を、すぐ想像する事が出来なかったのだと思った。