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TORENDIA

冬枯れ

本文約23,600字 ・ 読了時間 約48分

あらすじ(AIが作成しました)

熊本の生家に帰省した左翼作家の鷲尾和吉は、貧しい家庭の現実や妹夫婦の生活苦を目の当たりにし、自身の活動と生活の板挟みで苦悩する。周囲の労働者たちとの対比で自らの精神的な不安定さを痛感した彼は、東京へ戻る列車の中で、極限の疲労と孤独に追い詰められながらも、労働者として逞しく生きる弟の姿に希望を見出し、厳しい冬の先にある春を信じて再び歩み出そうとする。

徳永直

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一

この南九州の熊本市まで、東京から慌ただしく帰省してきた左翼作家鷲尾和吉は、三日も経つともうスッカリ苛々していた――。

朝のうちは、女房が洗濯を終るまで子守しなければならぬので、駄菓子店である生家の軒先の床机を出して、懐中の三番めの女の児をヨイヨイたたきながら、弱い冬の陽だまりでじッとしている習慣だった。

この辺は熊本市も一等端っこの町はずれで、肥汲み馬車と、在から出てくる百姓相手の飲食店、蹄鉄屋、自転車屋、それから製材所などが、マバラにつながっている位で、それから左手の小さく見える南九州特有の軒の浅い藁屋根がおし固まっている農村部落までは、白々とおそろしく退屈な顔をしている県道が横わっているきりであった。勿論県道の西側は田圃と畑ばかりだが、それが大陸的な起伏のにぶい龍田山の麓につづいていて、ひくい冬空の下に空らッ風が出ると、県道筋の白い埃が龍巻のように、くるくると舞いながら遠くへ走ってゆく。馬が隠れ、頬かむりの百姓が見えなくなり、天も地もすべて灰色で、鈍い退屈な荷馬車のゴトゴトゴトゴトという音だけがきこえてきた。

鷲尾は四十歳にまだ間があるという年配にしてはひどく老けてみえた。現在は小説書きという特殊な職業をやっているものの、根が労働者であるせいか頑固な身体つきで、それがひどくシンが疲れているとみえて、顳あたりには白髪がめだっていた。

「昨年は繭値が出たンで、一寸よかったろう」

彼は努めて楽な調子で、背後をふりかえってそんなことを話しかけた。すると店先で団子を焼いている田舎女房風の鷲尾の妹は、憤ったような返辞をするのだった。

「なンのああた、あれ位ァ鼻糞にもなろうかいた」

「そうかな……」

「はァいああた、戦争でも無からにゃ景気ァ出んと――」

ヘエ! と思って鷲尾は妹の方を見たが、彼女は平気な青黒く焼けた顔をうつむけて、さッさと団子をおこしているのだった。

「戦争は、どことやるンだね?」

「……ちゅう話ですたい」

何の遅疑もなく、彼女はこのつぎの部落に「軍馬買入所」が出来たこと等を話す。それは鷲尾が東京で知ってるそれよりも、もっと単純で明瞭にあらわれているのだった。

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