本文へ移動
TORENDIA

白峰の麓

本文約21,900字 ・ 読了時間 約44分

あらすじ(AIが作成しました)

甲斐の白峰の麗美な姿を画幀に収めることを念願する画家の、甲州への旅を綴る。著者である私は、幾度かの機会を経て笹子や鰍沢から雪を被った連峰を仰ぎ、西山を目指して山中に入る。険しい山道や悪天候に苦心しつつも、山上の小屋で過ごし、平林の村々や富士川沿いの風景を写生する。旅の帰路、列車の窓から眺める景色に絵画的な魅力を感じながら、山行の充足とともに東京へと戻るまでの情景を描く。

大下藤次郎

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 27

一

小島烏水氏は甲斐の白峰を世に紹介した率先者である。私は雑誌『山岳』によって烏水氏の白峰に関する記述を見、その山の空と相咬む波状の輪廓、朝日をうけては紅に、夕日に映えてはオレンジに、かつ暮刻々その色を変えてゆく純潔なる高峰の雪を想うて、いつかはその峰に近づいて、その威厳ある形、その麗美なる色彩を、わが画幀に捉うべく、絶えず機会をうかがっていた。

私が白峰連嶺を初めて見たのは、四十一年の秋、甲州山中湖に遊んだおりで、宿雨のようやく霽れたあした、湖を巡りて東の岸に立った時、地平線上、低く西北に連なる雪の山を見た。白峰! と思ったが、まだ疑いはある。ポケットから地図を出す、磁石を出す、そして初めて白峰! と叫んだ。今自分の立っているところからはよく見えぬ。私は岸を東へ東へと走った、やがて道は尽きた、崖と水とは相接して足がかりは僅かに数寸、私は辛うじてそこをも通った。岩を伝わった。樹根に縋った。こうして往けるだけ往った。そしてささやかなる平地に三脚を据えて、山中の湖に浮べる如きなつかしき白峰の一部を写したことがあった。

翌年の三月某日、これも雨後の朝、鎌倉にゆく途中、六郷鉄橋の辺から、再び玲瓏たる姿に接した。描きたい、描きたいという念は、いっそう深くなった。

白峰を写すには何処がよかろう、十重二十重山は深い。富士のように何処からも見えるというわけにはゆかぬ。地図を調べ人にもきいた。近く見るには西山峠、遠く見るには笹子峠、この二つが一番よいようである。私は五月某日、終に笹子に向った。

初鹿野で汽車を下りて、駅前の哀れな宿屋に二晩泊ったが、折あしく雨が続くのでそこを去った。そしてその夕、甲府を経て右左口にゆく途中で、乱雲の間から北岳の一角を見て胸の透くのを覚えた。

翌日は右左口峠を登りつつ、雲の間から連峰の一部をちらちら見た。峠の上では急いでスケッチもした。女阪峠を上る時も片鱗はいく度も見たが、全形を眺むることは出来なかった。

同じジャンルの朗読つきの本