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TORENDIA

蜻蛉返り

本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

呑んべえである筆者が、愛好する酒の肴であるからすみの魅力、原料となる鰡の生態や料理法、そして鰡の驚くべき身体能力である「トンボ返り」について綴る。鰡は産卵場を目指して海岸沿いを慎重に移動する習性を持ち、漁師が網で捕獲を試みる際にも高い警戒心を見せる。本書では、この魚が持つ独特の跳躍術や、産地偽装ともとれるからすみの流通経路にも言及しながら、鰡という魚への深い関心と食に対する執着を、軽妙な筆致で描き出している。

佐藤垢石

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🎧 蜻蛉返り / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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私は、呑んべえであるから、酒の肴にはいつも苦労する。うるか、惣太鰹の腸の叩き。まぐろのいすご、鱸の腹膜、このわた、からすみ、蜂の子、鮭の生卵、鰡の臍、岩魚の胃袋、河豚の白精など、舌に溶け込むようなおいしい肴の味を想い出しては、小盃の縁をなめるのである。

そのうちでも、からすみは大好物のうちに属する。長崎からきた上ものならば、もう一本といって女房にせがみ、それでは養生になりますまい、と、たしなめられることさえある。しかしながら愛好する肴を舌にのせたとき、陶然とした気持ちは、なにごとにも替え難い。

からすみは、鰡の卵から製造するのであるのは、誰も知っている。卵の方は、あれほど嗜酒の徒から賞味されるにも拘わらず、親の鰡の方は、なんであんなにも厄介もの扱いにされるのであろう。想えば、甚だ気の毒に堪えないのだ。

鰡の味に、あまり人が親しまないというのは、料理法が一般に知られていないからであるかも知れない。一体、東京湾の奥深くの江戸前のように浅い海や、利根川とか那珂川とか霞ヶ浦、涸沼など淡水へ遡り込んだ鰡と、江の島まわりや小田原海岸、南伊豆のような外海で漁れる鰡とは、味が異なるのである。外海に棲む鰡の方が、泥臭い味が少ないのである。けれど、いずれにしても処置の方法によって臭いを去ることができる。

どこが臭いのかというと、血液と腸なのである。だから、鰡を釣ったならばまだそれが死なぬうち、頭を縦に、庖丁で深く割る。そして、逆さに吊るして、体内の血液を悉く絞りだしてしまうのだ。次に腹を割いて腸をきれいに洗いだす。そのとき、臍と称するところは、棄てないで取って置くのだ。

かくすると、臭みが去る上に、いつまでも鮮味を保つこととなるのである。腹を割いたならば、そこへ一塩をなすって置けば、一層よろしい。これを家へ持ち帰って、鱗を払い三枚に下ろして、直ちに刺身に作ってよろしいのである。

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