1 / 19

革命といふ言葉は、今では、被壓制者の唇にも、また所有者の唇にすらも、屡々上る。既にもう、時々、近い將來の變動の最初の顫えが感ぜられる。そして、大なる變動や變化の近づいて來る時にはいつもさうであるが、現制度の不平者は――その不平がどんなに小さくてもいゝ――嘗ては實に危險であつた革命家といふ肩書を爭つて自分につける。彼等は現制度を見限つて、何等かの新制度を試みようとする。それで彼等には十分なのだ。

あらゆる色合の不平家の群が、かうして活動家の列の中に流れこむことは、勿論革命的形勢の力を創り、革命を不可避にする。多少でもいはゆる輿論に支持されてゐれば、宮殿や議會の中でのちよつとした陰謀でも政權を變へ、また時としては政府の形式をすらも變へることが出來る。

しかし革命は、それが經濟組織にもある變化を及ぼさうといふには、多數の意思の協力が要る。幾百萬の人の多少活溌な支持と協力とがなければ、革命は到底不可能である。到る所に、どこの村にも、過去の取壞しに從事する人がゐなければ駄目だ。そして他の幾百萬の人は何かもつといゝことが起るといふ望みの下に默つてやらしてゐなければ駄目だ。

大きな事變の前夜に起つて來る、ぼんやりした、曖昧な、そして多くは無意識的なこの不平があり、現制度に對する不信用があつて、それで始めて本當の革命家が廣大無邊の勤め、即ち幾世紀かの存在によつて神聖なものとされて來た諸制度を數年間にもつくりかへる勤めを成就することが出來るのである。

しかし又、これが多くの革命が、その上に乘り上げて、そして倒れた暗礁なのである。

革命が來て日常生活のきまつた順序がひつくりかへされた時。一切の善惡の情熱が自由に爆發して眞畫間にさらけ出された時。失神のそばに非常な熱誠を見、臆病のそばに勇敢を見、つまらぬ反感や個人的陰謀のそばに非常な自己犧牲を見る時。過去の諸制度が倒れて、新しい制度が相續く變化の中にぼんやりと描き出された時。その時に、さきに自ら革命家と名のつたものの大多數は、秩序の守護者の列の中に急いで走つて行く。

ピョートル・アレクセーヴィチ・クロポトキン Pyotr Alkseevich Kropotkinの他の作品