本文へ移動
TORENDIA

穀神としての牛に関する民俗

本文約5,800字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

牛を穀神として崇拝する信仰は世界的に広く認められ、日本神話の保食神の逸話や古代農耕社会の習俗にもその痕跡が見られる。本作は、天父地母思想に基づいた穀神としての牛の神格化や、土牛の行事、雨乞いの際の呪術的な牛の首の使用など、多岐にわたる民俗学的資料を精査し、家畜としての牛の分布や出雲民族との関わり、日本古来の祭祀における牛の役割とその変遷を論じる。

中山太郎

速度
🎧 穀神としての牛に関する民俗 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 9

牛を穀神とするは世界共通の信仰

牛を穀神として崇拝したのは、殆んど世界共通の信仰であるが、殊に印度、支那、我国において、その濃厚なるを認める。そして、我国の牛の初見は、日本書紀の一書に、天照大神が月夜見尊に勅して、葦原中国に保食神を訪ねさせし際に、保食神の無礼に接して、

月夜見尊忿然(中略)。廼ち剣を抜いて保食神を撃殺したまひき(中略)。是の後に天照大神復た天熊大人を遣して往いて看せたまふ。是の時に保食神実に已に死れり、唯し其の神の頂に牛馬化為れり云々(岩波文庫本)。

と記せるがそれである。そして、この神話からおよそ三つの民俗学的問題を抽出することが出来る。第一は穀神である保食神は、何故に殺されたのか。第二は保食神は、何故に女性に坐しませしか。第三は保食神の屍体から、牛馬が化生したとは、如何なる意味を有するかの点である。ここにはこの三つを押しくるめて概説する。

古代の民俗は、穀物を播種すると、繁茂し結実するのを、直ちに自分達の生死を類推して、これを穀物の生死と考えたのである。発芽とともに繁茂するのは生であって、結実とともに幹葉の枯れるのを死と信じたのである。加うるに我国にも天父地母の思想は顕然として存していた。即ち蒼天を父とし大地を母とし、総ての自然物は、この天父地母の交会作用によって生成すること、あたかも自分達の交会作用によって、子孫を生成するのと同一だと考えていた。それに古代民族にあっては、穀物その物が直ちに神であった。文化のやや進んだ民族は、穀物の豊凶は穀物を支配している神――即ち農業神の左右するものと考えるようになり、穀物と穀神とを区別するが、古代民族にはこの区別が出来なかった。従って穀物の幹茎を刈り取ることは、とりも直さず穀神を殺すことなのである。

中山太郎の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本