TRENDIA CLASSIC
穀神としての牛
に関する民俗
中山太郎
1 / 9
牛を穀神とするは世界共通の信仰
牛を穀神として崇拝したのは、殆んど世界共通の信仰であるが、殊に印度、支那、我国において、その濃厚なるを認める。そして、我国の牛の初見は、日本書紀の一書に、天照大神が月夜見尊に勅して、葦原中国に保食神を訪ねさせし際に、保食神の無礼に接して、
月夜見尊忿然(中略)。廼ち剣を抜いて保食神を撃殺したまひき(中略)。是の後に天照大神復た天熊大人を遣して往いて看せたまふ。是の時に保食神実に已に死れり、唯し其の神の頂に牛馬化為れり云々(岩波文庫本)。
と記せるがそれである。そして、この神話からおよそ三つの民俗学的問題を抽出することが出来る。第一は穀神である保食神は、何故に殺されたのか。第二は保食神は、何故に女性に坐しませしか。第三は保食神の屍体から、牛馬が化生したとは、如何なる意味を有するかの点である。ここにはこの三つを押しくるめて概説する。
古代の民俗は、穀物を播種すると、繁茂し結実するのを、直ちに自分達の生死を類推して、これを穀物の生死と考えたのである。発芽とともに繁茂するのは生であって、結実とともに幹葉の枯れるのを死と信じたのである。加うるに我国にも天父地母の思想は顕然として存していた。即ち蒼天を父とし大地を母とし、総ての自然物は、この天父地母の交会作用によって生成すること、あたかも自分達の交会作用によって、子孫を生成するのと同一だと考えていた。それに古代民族にあっては、穀物その物が直ちに神であった。文化のやや進んだ民族は、穀物の豊凶は穀物を支配している神――即ち農業神の左右するものと考えるようになり、穀物と穀神とを区別するが、古代民族にはこの区別が出来なかった。従って穀物の幹茎を刈り取ることは、とりも直さず穀神を殺すことなのである。