蕎麦の花の頃
本文約7,400字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
李孝石の小説「蕎麦の花の頃」は、行商人の許生員が夜道を驢馬と歩きながら、若き行商人の童伊と交流する姿を描く。市場での騒動や忠州屋での出来事を経て、許生員は童伊の境遇に親近感を抱くようになる。川を渡る際に足を滑らせ、童伊に背負われる体験を通じて、長年追い求めたかつての縁を重ね合わせ、自身の過去に思いを馳せる。互いの素性を知るにつれ、許生員は童伊の左利きに気づき、静かな月夜の道中で二人の絆が深まっていく様子を映し出す。
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夏場の市はからきし不景気で、申ツ半時分だと露天の日覆の影もそう長くは延びていない頃だのに、衢は人影もまばらで、熱い陽あしがはすかいに背中を焙るばかりだった。村のものたちはあらかた帰った後で、ただ売れはぐれの薪売りの組がはずれの路傍にうろうろしているばかりだが、石油の一と瓶か乾魚の二三尾も買えばこと足りるこの手合を目当にいつまでも頑張っている手はなかった。しつこくたかってくる蠅と餓鬼共もうるさい。いもがおで左利きの、太物の許生員は、とうとう相棒の趙先達に声をかけた。
――たたもうじゃねえかよ。
――その方が気が利いてるだ。蓬坪の市で思うようにはけたこたあ一度だってありゃしねえ。明日は大和の市じゃで、もりかえしてやるだよ。
――今夜は夜通し道中じゃ。
――月が出るぜ。
銭をじゃらじゃら鳴らせ、売上高の勘定を始めるのを見ると、許生員は※[#「木+戈」、U+233FE、98-下-7]から幅ったい日覆を外し、陳列してあった品物を手繰り寄せた。木綿類の畳物と綢類の巻物で、ぎっしり二た行李に詰った。筵の上には、屑物が雑然と残った。
市廻りの連中は、おおかたみせをあげていた。逸疾く出発して行くのもいた。塩魚売りも、冶師も、飴屋も、生姜売りも、姿は見えなかった。明日は珍富と大和に市が立つ。連中はそのどちらかへ、夜を徹し六七里の夜道をてくらなければならなかった。市場は祭りの跡のようにとり散らかされ、酒屋の前では喧嘩がおっ始まっていたりした。酔痴れている男たちの罵声にまじって、女の啖呵が鋭く裂かれた。市日の騒々しさは、きまって女の啖呵に終るのだった。
――生員。俺に黙ってるだが、気持あ解るだよ。……忠州屋さ。
女の声で、思い出したらしく、趙先達は北叟笑みをもらした。
――画の中の餅さ。役場の連中を、相手じゃ、勝負にならねえ。
――そうばかりもゆくめえ。連中が血道を上げてるのも事実だが、ほら仲間のあの童伊さ、うまくやってるらしいで。
――なに、あの若僧が。小間物ででも釣っただべえ、頼母しい奴だと思ってただに。
――その道ばかりゃあ判んねえ。……思案しねえと、行ってみべえ。俺がおごるだよ。