TRENDIA CLASSIC

白紙

立原道造

1 / 2

突然が僕を驚かす。僕はそのとき、發見したのだ。ひとりの少女は、埃りにまざつて電車にのつてゐた。朝の空氣が僕たちの間を流れる。僕たちは、眼と眼で、そつとうなづきあふ。ちようど知らない人間同士がするやうに。それから、僕は、何でもない數字を計算する。しかし、僕は自分の苦痛からはみ出さうとするこのたくらみに失敗する。すると僕は、動けなくなる。ぼんやり窓のところを見つめるきりだ。町が、走り去つて行く窓のところを。

それが、はじめて出會つたその少女だつた。……

だん/\上手になつて行く想像、僕の傍でうつとり息をしてゐる、羚羊のやうなやはらかい瞳。遠近のある少女の身體。しかし、それは少しも彼女に似なくなる。僕は、四分の一の大きさの彼女をしか知らない。やがて僕は、海の底にゐるメクラの魚のやうに苦しくなり出す。

これが、僕の愛情のきざしだつた。

そして、僕は、朝の電車で、彼女に、しば/\出會ふのだつた。

或る日。僕は、親しい友人に、それを、うちあける。その友人が、祕藏の寫眞のやうな僕のその少女を知りたがりはじめる。一種の怖れで、僕は、得意げな顏をする。それから、僕は、わけもわからず、顏を赤らめる。

友人同士が一しよにうまくやつて行くのは、彼等を裏打ちしてゐる苦痛のおかげにすぎないのだ。

僕と、その友人は、電車に乘る。僕たちの向ひに、三人の少女が坐る。すると、彼はあはて出す。そして、僕に、そつとさゝやく。

――その一人は彼の知り合ひだと。僕は、わざと知らない顏をさせる。彼の頬に、へんな線が浮ぶ。と、同じやうな線が、向ひの少女の顏にも浮ぶのだ。僕ひとりが、わるくはしやぎはじめる。向うの會話は何もきこえない。笑つたり眼を閉ぢたりする動作が僕たちの傍へやつて來る。……

僕は、こんな風にして、愛情のなかへ沈んで行つた。自分では、その沈んだ深さを測定出來ない。その結果、僕は、自分の愛情を見誤るのだつた。

そして、あはてて、彼女に手紙を書く。だが、それをいつまでも彼女に渡せない。僕は、それを、ポケツトのなかにそつとしまつたのだ、學校の行きかへりに、ポケツトが氣になる。時間が、その手紙を、感情の汚點で古くしてしまふ。

立原道造の他の作品