TRENDIA CLASSIC

釜沢行

木暮理太郎

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都門の春はもう余程深くなった。満目の新緑も濁ったように色が濃くなって、暗いまでに繁り合いながら、折からの雨に重く垂れている。其中に独り石榴の花が炎をあげて燃えている火のように赤い。それが動もすれば幽婉の天地と同化して情熱の高潮に達し易い此頃の人の心を表わしているようだ。此際頬杖でも突きながら昔の大宮人のように官能の甘い悲哀に耽るのも、人間に対する自然の同情を無にしたものではなかろうが、自分は一度試みてそれが忘られぬ思い出となっている五月の山の旅、あの盛んな青葉の中を縦横にもぐり歩きたい。渦まく若葉の青い炎に煽られて、抑え難きまでに逸る心は、一方では又深い淵のように無限の力をうちに湛えた緑の大波に揉まれ揉まれて、疲れ果てた体を波の弄ぶに任せながら、身辺に溢るる生命の囁きを感じつつも、力なくさりながら些の不平もなく、不思議に慰安と満足とを得るのである。自分は石榴の花をぼんやり見詰めながらそんなことを考えていた。そこへ折よくも訪れて来たのは田部君である。同君も矢張五月の秩父の旅で受けた深い印象を忘れ兼ねたのであろう。頻りに秩父行を慫める。相談は立どころに一決した。中村君も強制的に同行させる筈であったが急に南洋へ行くことになってしまった。秩父の青葉よりも南洋の青葉の方が一層盛であるに相違なかろう。どうせ行くなら南洋の方がいいなと思ったが仕方がない。秩父で我慢することにして、差し迫った用事を徹夜して片付け、五月三十一日に翌日の晴れを見越して、雨の中を午後十一時飯田町発の汽車に乗る。

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