大井川奥山の話
本文約9,700字 ・ 読了時間 約20分
あらすじ(AIが作成しました)
大井川の最奥地へ向かった著者は、案内者らと共に標高三千メートル級の山々が連なる赤石山脈の縦走を試みる。食糧を背負い、急峻な地形や霧、雷雨といった過酷な自然環境に直面しながら、駿信国境の山々を越えていく。道中では鹿や羚羊などの野生動物と遭遇し、草花咲き乱れる草原や厳しい岩場を辿る。本書は、登山者が少ないこの秘境の山域において、聖岳以南の山々の険しさと、自然の中で過ごす野営の様子を詳細に綴る紀行文である。
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赤石山系の二大山脈即ち白峰山脈と赤石山脈とは、其北端に位する鳳凰山塊と共に、日本南アルプスと呼ばれている。此等の山脈は北アルプスと呼ばれている飛騨山脈よりは、概して高さに於て優っているに拘らず、登山者の数は反て甚だ少ないのである。殊に赤石山脈の南半に至っては友人中村君の話によると、其地方に住んで三十年も鉄砲打をしていた唯一の案内者でさえ、尾根の上迄は登ったことがないので、始めて山の頂上に立って四方を見渡した時に、「岳というものは下で見たのとはおっかなく違うもんだ」と驚いた位であるそうだから、況して登山を目的として此附近に足を踏み入れた者は、今迄に僅か十四、五人あるのみである。それなら山が低い為かというと決してそうではない。試に陸地測量部発行の五万分一地形図赤石岳図幅を見ても分る通り、赤石岳から南の方駿信遠三国の界に在る光岳まで直径にすれば三里半有るか無しの距離の間に、二千五百米乃至二千八百米以上の山が十座近くも聳えている。中にも聖岳の如きは三千十一米の高さで、一万尺に達せざること僅に六十四尺である。此山一つだけでも登山の価値は充分にあるのだが、それにも拘らず此山脈に登山者の少ないのは、交通の不便であることが最大の原因であって、北アルプスの多くの山のように、汽車から降りると一日か遅くも二日目には、もう目的の山に達せられるのとは違って、どの方面から登るにしても困難が多い為に流行から取残されたものであろう。山に取っては夫が反て勿怪の幸といわねばならぬ。
私が大井川奥山(大井川最奥の部落である田代の人々は、上流の山々を奥山と総称している)の縦走を試みたのは、大正三年の夏であって、私より二年前の明治四十五年七月に、友人中村清太郎君が最初の縦走を為してから、まだ漸く二人目であったのは、一般登山者の目を附けない山を狙う人の多かった時分としては、寧ろ意外にも思われたのである。