しめしあわせ
本文約14,300字 ・ 読了時間 約29分
あらすじ(AIが作成しました)
ベニスの大運河で、幼い子供が窓から水路へ転落する事故が発生する。周囲が混乱に陥る中、一人の若者が運河へと身を投じて子供を救い上げる。その後、この救出劇の当事者である貴婦人と、救助した青年は不思議な縁で結ばれ、青年は自邸へ案内する。青年は美術品に囲まれた神秘的な部屋で、独自の美学と芸術観を語り、来訪者と共に歴史上の傑作や過去の記憶について対話を重ねる。
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そこにてわれを待たれよ! われ必ず
その低き渓谷に御身と逢わむ
(チチェスターの僧正ヘンリー・キング1の
その妻の死せしおりの葬歌)
御身自らの想像の光輝の中に惑乱し、御身自らの青春の焔の中に倒れし、薄命にして神秘なる人よ! 再び幻想の中に予は御身を見る! いま一たび御身の姿は予の前に浮び上ってきた!――御身が今あるように――すなわち、ひややかなる影の谷の中にあるようにしてではなく――おお、そうではなく、――御身があるべきようにして――すなわち、星の愛ずる海の楽土なる、またかずかずの秘密を包みて黙せる水面をパラディオ式2の大建築物の広き窓が深き苦き意味をもて見下せる――かのほのかなる幻影の都、御身自身のベニスで、壮麗なる瞑想の生活を浪費しているようにして。そうだ! 繰返して言う、――御身があるべきようにして、と。確かにこの世界とは別の世界があり、――庶民の思想とは別の思想があり、――詭弁家の理論とは別の理論がある。とすれば、何者が御身の行状を咎め立てすることができようか? 何者が御身が夢幻のように時を送ったことを責めたり、御身の尽きざる精力の溢れ出たものにほかならぬあの行為を非難したりするか?
予が今語っている人と三度目か四度目かに逢ったのは、ベニスで、そこでは Ponte di Sospiri3と言われている屋根ある拱道の下であった。その逢った時のことを思い浮べようとすると雑然たる思い出が湧いてくるのである。しかし予は覚えている――ああ! どうして忘れられよう?――かの深い真夜中を、かの嘆きの橋を、かの美しき女性を、また、かの狭い運河をあちこちと歩き廻ったロマンスの精霊を。