宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館 発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館
今日あなたからお手紙を頂けようとは思へませんでしたのに、本当にうれしうございました。
今頃はあなたは何をしてゐらつしやるのでせう。お午の御飯をすまして、また書物にかぢりついてゐました処に、あなたのお手紙が来たのです。また少し会ひたいと云ふ気持が起つて来ました。女中たちが、旦那様はお出でにならないのですかつて頻りに聞きますの。今にゐらつしやるよつて云ひましたら、何時です/\つてうるさいんです。皆なが見たがつてゐるんですよ。私も見たいから、早くゐらして下さい。
中央公論の方、駄目では困りますね。もつと他の書店に、いつぞやあなたが云つてゐらした処に『雑音』をお聞き下さいな。孤月氏は来ませんか。若し見えたら、文章世界に書く約束で西村(渚山)氏に聞いて頂けないかつて、お聞きになつて御覧なさいな。駄目でせうか。
大阪朝日に出たのですつて。叔父や叔母たちが定めてびつくりしてゐる事でせう。他で何か書きましたかしら。此処には東京朝日しか来ません。何にも書きませんのね。
保子さんが私の事を狐ですつて、有がたい名を頂いたのね。はじめてです、そんな名を貰つたのは。私は保子さんには好意を持たない代りに悪意も持つてはゐませんから、何を云はれても何ともありませんわ。ただ、私のあなたと、保子さんのあなたは違ふと云ふことだけを思つてゐます。そして保子さんに対するあなたは認めて尊敬しますけれども、私は保子さんがあなたに対する自分をもう少し確かにしてあなたを理解して下されば、私は心から保子さんを尊敬する事が出来るだらうと思ひます。けれども、それが保子さんに出来ないからと云つて、私は保子さんを馬鹿にしたり軽蔑したりする程、あなたを無理解ではゐない事を申してをきます。