書簡 大杉栄宛
本文約1,500字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
千葉県夷隅郡御宿の旅館から東京の大杉栄へ宛てた書簡。離れて過ごす日々の募る恋慕や、自身の腹立ちへの葛藤、辻潤のもとに残した子供への罪悪感、そして経済的な世話を受けていることへの負い目などが率直に綴られる。離れていても共にいることを切望しつつ、同時に他者との関係や現状の生活環境に揺れ動く女性の心情を描く。
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宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館 発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館
ゆふべ、また、二階の室に行つて、ひとりであの広い蚊帳のなかにすはつて手紙を書き続けようとしましたけれども、いろんな事を考へ始めましたら、苦しくなつてとても続けられませんでしたから止めて、ぢつと眼をつぶつて一時頃まで考へてゐました。
四五日すれば会へる事が分つてゐながら、こんなにかなしい思ひをするなんて、どうした事でせう。これで二た月も会はずにゐられるでせうか。私はもう何処へも行きたくない。矢張り東京であなたの傍にゐたい。かぢりついてゐたい。ただ私は何時でも暫く東京から離れてゐたいと云ふのは、私の腹立ちむしが、東京にゐて、あなたに会ひたい時に会へなかつたり、お留守にぶつかつたり、来て下さらなかつたりした時に、直ぐに騒ぎ出しさうなのですもの。だから、もう少し離れてゐたいと思ふのです。そんな事は何んでもないのですね。もう少しの間やはりあなたと一緒でなくては、私はちつともおちつきませんの。それに昨日は、神近さんの手紙をあなたが読んで聞かして下すつてから、余計に気がふさいだんです。私だつてあの人がどんなに苦しんでゐるかは解りますけれど、ああして他の人に聞いたりすればそれが強く来ますもの。
そして私の一番心配になるのは子供なのです。あの人(辻潤)が何時でもそのやうでゐれば、本当にあの子が可哀さうなのですもの。今まで本当に大事にして来たのですから、他家の厄介になんかなつてゐると思ひますと堪まりません。