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TORENDIA

山手公園の感触

本文約600字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

山手の街全体が持つ大きな公園としての趣と、その一部である山手公園の環境を綴る。邸宅の庭園を思わせる空間に隣接する民間のテニスコートを眺め、市営の施設を持たない市民の複雑な心情に触れる。一方で、土の階段で遊ぶ子供たちの姿や、師走の寒さの中で一人ベンチに座り落葉の音を聞く者の様子を通じ、日常の光景と公園に流れる独特の気配を描き出す。

山本和久三

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🎧 山手公園の感触 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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山手の街の感じは公園の感じだ。自動車のない時代に山手を歩いた感じの記憶が若し私達に残つてゐたならば、それは公園に在る感じ以外のものではない。環境から来る感じ聯想から来る感じ、そのどちらをちぎつて持つて来ても、山手の街はそれ自体が大きな公園である。

この山手公園にしても、公園に来たと云ふ感じが極めて薄い。些し大きな邸宅内の、やゝ広い庭園に過ぎぬからでもあり、大きな公園の中の或る部分であると云ふ雰囲気がたゞよつてゐるからでもある。

それに此公園には、市として市民として欲しいものが直ぐ隣接してあるのは嬉しいやうな情けないやうな気がする。幾つかのテニスコートが整然としてラケツトの響きを待つてゐるのがそれだ。市が此公園を管理することになつてから何年経つか知らないが、お隣のテニスコートを譲つて貰はなかつたのは手落だつた。

『犬入る可らず……』と書いてある英文の立札が、何か知らくすぐつたい諷刺に思へぬでもない。一つの市営テニスコートを持たぬ横浜市民は、このプライヴエートの沢山のコートを眺めて、敢へて艶羨の情に禁えぬものがあらう。

しかし遊ぶ子供達には、そんな問題は対岸の問題だ。自然に作られた土の階段を、猿のやうに登つたり降りたりして嬉々として戯れてゐる。さうして之等の児童の姿を、冷たいベンチにぢつと見てゐるルンペン氏があつた。たつた一人だつた。ハラ/\と散る落葉の音に寒い師走は眼の前に迫つてゐた。

完

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