木精(三尺角拾遺)
本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
夜の深川の木場で、病後で痩せた工学士はお柳という女性と再会する。かつて材木に葉が繁ったら夫婦になると約束した彼女は、自らの強い念によってそれを実現したと告げ、二人は語り合う。しかし霧の中で異様な人影や幻影が現れ、工学士が追うお柳の姿もやがて消え去る。夜が明けて正気に戻った学士は、昨夜の出来事が夢か現か分からぬまま、ある家に赴く。本書は、木精を題材にした不思議な一夜の出来事を綴る幻想的な物語を描く。
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「あなた、冷えやしませんか。」
お柳は暗夜の中に悄然と立って、池に臨んで、その肩を並べたのである。工学士は、井桁に組んだ材木の下なる端へ、窮屈に腰を懸けたが、口元に近々と吸った巻煙草が燃えて、その若々しい横顔と帽子の鍔広な裏とを照らした。
お柳は男の背に手をのせて、弱いものいいながら遠慮気なく、
「あら、しっとりしてるわ、夜露が酷いんだよ。直にそんなものに腰を掛けて、あなた冷いでしょう。真とに養生深い方が、それに御病気挙句だというし、悪いわねえ。」
と言って、そっと圧えるようにして、
「何ともありはしませんか、又ぶり返すと不可ませんわ、金さん。」
それでも、ものをいわなかった。
「真とに毒ですよ、冷えると悪いから立っていらっしゃい、立っていらっしゃいよ。その方が増ですよ。」
といいかけて、あどけない声で幽に笑った。
「ほほほほ、遠い処を引張って来て、草臥れたでしょう。済みませんねえ。あなたも厭だというし、それに私も、そりゃ様子を知って居て、一所に苦労をして呉れたからッたっても、姉さんには極が悪くッて、内へお連れ申すわけには行かないしさ。我儘ばかり、お寝って在らっしゃったのを、こんな処まで連れて来て置いて、坐ってお休みなさることさえ出来ないんだよ。」
お柳はいいかけて涙ぐんだようだったが、しばらくすると、
「さあ、これでもお敷きなさい、些少はたしになりますよ。さあ、」
擦寄った気勢である。
「袖か、」
「お厭?」
「そんな事を、しなくッても可い。」
「可かあありませんよ、冷えるもの。」
「可いよ。」
「あれ、情が強いねえ、さあ、ええ、ま、痩せてる癖に。」と向うへ突いた、男の身が浮いた下へ、片袖を敷かせると、まくれた白い腕を、膝に縋って、お柳は吻と呼吸。
男はじっとして動かず、二人ともしばらく黙然。
やがてお柳の手がしなやかに曲って、男の手に触れると、胸のあたりに持って居た巻煙草は、心するともなく、放れて、婦人に渡った。