私の思い出
本文約3,800字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
明治18年に公卿の家に生まれた著者が、少女時代の貴族的な生活環境から養家での苦しい修行、そして炭鉱王との再婚と家出に至るまでの激動の半生を綴る。周囲の冷淡な視線の中で苦悶した九州での生活や、世間から孤立した際の九條武子との友情を回顧する。さらに、最愛の息子の戦死を経て平和への願いを新たにした著者が、個人の運命と世界の変革、そして魂の再生について思索を深めていく姿を収める随筆である。
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歴史は繰り返すと申しますが、つくづくと考えてみますと、私の生まれる少し前と現代とが、不思議なほどよく似ていると思うのです。徳川三〇〇年の幕府が倒れて多くの大名が、それぞれ国境を撤廃してめいめいが持っていた侍すなわち、軍隊をやめ、両刀をなくしたことはつまり軍備をすててしまって日本という一つの国に統一しました。これで国内の平和は完全なものとなりました。
それからというもの、日本はまったく旭日昇天の勢いでした。その希望にみちみちた、明治は一八年に私は生まれました。
私の父は何代となく宮廷に仕えた公卿の家で、明治維新のためにもいくらかの功労者でありましたから相当の役にもついていましたし父の妹は、官名を早蕨典侍とよばれて、明治天皇の側近に仕えていました。だから私の若い日ことに少女の日の思い出というものはかなり現代離れのしたものでした。
家庭にしては、父は公卿の出、母は大名の出でしたから、何かにつけて父と母との間にも、思想のちがいがあったようでした。召使っている女中たちの中にも公卿風、これを堂上方といっていました。それと大名の武家風とが互いにはっきりと言葉の先にも区別させていました。
公卿の方は元が京都の出ですから京都風、つまり御所言葉になるわけ、京都といっても民間のそれとは大部違っていました。たとえばあなた、というところは目上の人なら誰でも、ごぜん、と呼ぶのです。私はまだ子供でしたけどこの少女をつかっても、年をとった女中はごぜんと言いました。
普通東京ではその頃の高位高官といった人々を料理屋のおかみなんかはごぜんといったようでした。世に時めく新華族の主人公などは新派の芝居を見てもそんなふうにいってるのをきいたことがありました。
それが母の里方の関係の人々はお前様、というのです。よくお芝居なんかで「御意遊ばしませ」というのがありますが、私の子供の頃ききなれた御意遊ばせはあまり口達者に発音するせいかゲエときこえるのです。「まあおまえさまのゲエ遊ばしますこと」っていったふうに。