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TORENDIA

革命を待つ心

本文約6,000字 ・ 読了時間 約13分

あらすじ(AIが作成しました)

明治初期、書生として偉人の下で学ぶことは立身出世の道であった。本作は、戦後の日本が抱える閉塞した社会状況を分析し、それを打開するための変革の必要性を論じる。国民が安易な生活を求める現在の空気を批判し、政治や産業の面で避けることのできない経済革命を提唱する。外資導入による対症療法的な施策を退け、真の発展のために国民自らが意識を刷新し、歴史的な大開発へ向けて発奮することの重要性を説く。

鮎川義介

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🎧 革命を待つ心 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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環境が人をつくる

私が井上侯の所へいつたのは學生時代のことであつたから、二十歳くらいであつたろう。それから五、六年いたように思う。

明治初期の頃の書生は、青雲の志に燃えた者が多かつた。その頃は教育機關がまだ整備されておらなかつたので、そのような若者は偉い人の所へ書生に入つて、そこで勉強するというのが、出世をする一つの道程であつた。今のように大學が各所にあつて、學資さえあればどんどん大學を出られる、という時代ではない。だから同郷の偉い人を頼つて、そこの書生になつたものである。

それは人を知ることが眼目であつた。玄關番をしていると、訪問者は必ずそこを通過するのだから、知名の人に接し、そこから立身出世の道を開くことができる。それが書生の權利になつていた。だから、今の學生がやるアルバイトのようなものではない。

明治時代の實業家を私が見たところでは、擡頭期のことではあり、社會が狹く、問題も少かつたが、當時の實業家には、國家的の觀念が強かつたと思う。

日本の御維新によつて世界に飛出してみたわけだが、出てみると、世界の文明から非常に遲れている、これは大變だ、産業も教育も文化も、すべて一度に花を咲かせなければならぬと考えて、非常に焦躁の念に驅られたのである。そこで大變な努力をしたのであつて、全日本が、われわれのような若い者までその空氣の中に置かれたわけである。そうした風に吹かれたのは、われわれが最後かと思うが、その氣持ちは今でも私などに遺つている。

しかし日清戰爭、日露戰爭とやつて來て、日本は一等國ということになつた。實際はなつておらなかつたろうと思うが、なつた、なつたと言われて、國民は滿足していた。日英同盟をやつた、一人前になつた、という氣持ちになつたのである。實際を見極めるような偉い者はおらぬ。衆愚はアトモスフェアで左へゆき右へ動く。戰爭で勝つた、日本は偉い、一等國だ、と新聞が書けば、ほんとうに一等國になつたと思う。

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