本文へ移動
TORENDIA

五階の窓

本文約12,300字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

西村電機商会の主・西村陽吉が変死を遂げた。同社に勤める美しいタイピストの瀬川艶子は、この事件で大きな苦悩を抱える。社長室での闘争や同僚・野田の拘引という出来事が艶子の脳裏で繰り返される中、彼女はかつて四階の空き部屋で遭遇した西村との恐怖の瞬間を思い出す。長谷川という男がこの不可解な死の真相を解明すべく、夢の分析や周囲の状況から事件の推論を重ね、隠された事実と野田の関与に迫っていく。

甲賀三郎

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 15

15

西村電機商会主西村陽吉が変死を遂げてから二日目の朝、暁方からどんよりと曇っていた空は十時ごろになると粉雪をちらちら降らしはじめた。

朝の跡片づけの手伝いをすませた瀬川艶子は、自分の部屋に定められた玄関脇の三畳に引っ込むと、机の前に崩れ坐った。彼女の涼しい目は眠られないふた晩に醜く脹れ上がり、かわいい靨の宿った豊頬はげっそりと痩せて、耳の上から崩れ落ちたひと握りの縺毛が、その尖り出た頬骨にはらりとかかっていた。

彼女はいまその容貌の変化が示すように、絶望の深淵にもがいているのだった。彼女の心の中はノスタルジー、たとえば故国を隔てて数百里、異邦の渺茫たる高原の一つ家で、空高い皎々たる秋の月を眺めた者のみの知る、あのたえ難い掻き乱すような胸の疼痛、死の苦痛にも勝るあの恐ろしい郷愁にも似た苦悩に充満するのだった。それは絶望した人生への限りない郷愁だったのである。

艶子の目はともすれば眠ろうとした。しかし、彼女の頭脳は極度に休息を拒絶して、畳の上に針の落ちた音にさえも全身の筋肉の緊張を命じるのだった。あの日の西村と彼女との闘争、解け難い疑問として残っている奇怪な出来事、それから野田の拘引、それらのことがひと呼吸のたびに艶子の脳裡で踊り狂うのだ。そして、その間には幼時からの記憶がなんの脈絡もなく消えては現れる。

艶子は青白い顔を歪めたまま、白痴のようにいつまでも一つところを見つめて動かなかった。

*          *          *

艶子は薄幸な少女だった。

甲賀三郎の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本