本文へ移動
TORENDIA

烏帽子岳の頂上

本文約7,400字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

烏帽子岳の乗越で一夜を過ごした登山者の一行は、朝食を終えて出発の準備を進める。案内人や同行者と合流した語り手は、念願であった烏帽子岩への登頂を果たす。切り立った花崗岩の岩肌を這うようにして山頂へ至り、眼前に広がる薬師岳やこれから縦走する険しい峰々の展望を心に刻む。一行は再び荷を背負い、朝の光に輝く次の目的地へ向けて歩み出す。

窪田空穂

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 9

眼が覚めると一しょに、私はテントから這い出した。着ものは夜も昼も一つものである。着がえといえば、靴下を脱いで、甲掛足袋と草鞋とを穿くだけであった。

昨日、朝から夕方まで、殆ど四つ這いになり通してこの烏帽子岳の乗越まで登った、その疲れはほぼぬけてしまっていた。寝しなには、「眠れるか知ら……」とあやぶんだが、気を落ちつかせていると、いつか寒さを忘れて眠ってしまったらしく、今は、眠りの足りたあとにだけ感じる一種の快ささえある。

三つのテントの側に、それぞれ焚火をしていた。人夫が朝飯の用意にかかっているのである。私たちの側には、三人の人夫が火を焚いたり、鍋をあつかったりしていた。案内はまだ起きて来ないらしい。「お早う、」といって私は焚火の側へ寄って行った。太い枯木と偃松との積み重ねは、煙りながらも赤黒い炎を吐き立てている。

「お早うござんす、」と人夫は笑顔で迎えながら、簡単に挨拶をかえした。

「寒いね、」と私は双手を火の上に翳して暖まろうとした。

「ええ、でもお天気で何よりです、」と年寄の人夫は、その細い眼に嬉しそうな笑みを浮べながら云った。

「降られちゃ大変だろうね」と、私は昨日の登りを思い出した。

「そりゃ話になりません。全く命懸けですからね。」

そう云って人夫は何か話し出しそうにしたが、眼が鍋の蓋に動くと、慌てて、燃えあがる炎のなかに手を入れた。その手は鍋の蓋を取り上げた。鍋のなかには米が煮え立っていたが、そこには細かい炭がかなりまじって一しょに躍っていた。

私は朝の習慣になっている煙草へ火を移した。そして、

「これから出懸けるまで何をしよう……」と思った。煙草をすいながら次ぎにすることを考える、これは私が、昨日からの経験で覚えさせられた、この旅での楽しみの一つである。

窪田空穂の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本