雑居家族
本文約139,000字 ・ 読了時間 約279分
あらすじ(AIが作成しました)
小説書きである安江が暮らす家には、夫の文吉や息子たち、娘の音枝、間借人の浜子らが同居している。ある日、九歳の息子夏樹がひな段の飾り付けを巡って姉と騒動を起こす。一方、家を飛び出して身を寄せていた浜子は、自分の家族との関わりの中で葛藤し、安江の諭しを受けながら、再び栗本家での生活へ戻る決意をする。様々な人々が混ざり合いながら織りなす家庭の風景を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
序章
この家のあるじは――といっても、同じ部屋の下に住む六人のあるじのうち、この場合は女房の安江のことになるが、彼女は腹が立ったときと、うれしいときとに花を買うという妙なくせがある。
ぷいと家を出ていって、ゆきあたりばったり、いろんな花を買いこんでくるとき、それは腹を立てている証拠であった。金があってもなくても、ないときには花屋で借金してでも、とにかく花をかかえてもどらんことにはおさまらないらしい。そんなとき、買ってきた花は湯殿のバケツに投げこんでおく。すると翌日あたり娘の音枝がにやにやしながら跡始末をする。たとえば、一番上等のバラの花は、こいつは母親の立腹がもっとも集中されているものと察して、安江から目の遠い台所の出窓におくとか、ミモザとカーネーションは組合して玄関のゲタ箱の上に、ねこやなぎと菜の花は水盤にいれて応接間の窓べりに、そして一ばん目立たぬスミレの花束だけを小さなコップにいれて、安江の部屋の机の上におく。といった具合に気を配るのである。こんな日には、ふたが割れたために用をなさなくなった味噌つぼが、チュウリップのいれものになって、茶の間のたんすの上にのっかったり、時には豪勢なアマリリスが広縁のすみに、くず籠の臨時花器と一しょにはずかしそうに顔赤らめてお互いにそっぽを向いていたりする。家中どっちを向いても花だらけ、いくら花ずきの安江でも少々てれる。
こんな風景をみると、この家のあるじ――こん度は亭主の文吉の方だが――は、さわらぬ神にたたりなしと、そっとしておく。小さいむすこの夏樹や大きい息子の冬太郎たちも、ああそうかと、口には出さずにだまっている。もひとりいる進君、これは間借人だから大して問題にせぬ。そんな中で、娘の音枝ひとりが大口あけて大活躍だった。その方が効果的であることを、経験が教えたのであろう。
「バカね、おかあさん、おとなりへもお向いへもあげたわよ。」
「…………」
「おかあさんのお道楽ですかって。――でもさ、男はこんなとき一ぱいのむのね。おかあさん、一ぱいのんだと思えばいいって。」
(おとなりの奥さんだろう)