朝菜集
本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
作者が詩歌の道を歩む中で詠み綴った詩を収める。古くは十数年前の作品から近作までを含み、折々の心境や移ろいゆく世の様を映し出す。本書は、師と仰いだ萩原朔太郎の霊前に捧げるため、漂泊の旅路の中で編まれた。日常の情景や自然の美しさ、そして師への敬慕と孤独、老いへの思いが刻まれており、作者自身の内面的な旅路や、詩人としてのあり方と人生への思索が多様な調べの中に描き出されている。
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朝菜集自序
ちかごろ書肆のすすめにより、おのれまたをりからおもふところいささかありて、この書ひとまきをあみぬ。なづけて朝菜集といふ。いにしへのあまの子らが、あさごとに磯菜つみけんなりはひのごとく、おのれまたとしつき飢ゑ渇きたるおのれがこころひとつをやしなはんとて、これらのうたをうたひつづりたるここちぞする。いまはたかへりみてみづからあはれよとおぼゆるもをこなりかし。げにこれらのうた、そのふるきはほとほとはたとせばかりもとほき日のもの、そのあたらしきはきその吟詠、いづれみなただひとふしのおのがしらべにしたがへりしとのみ、みづからはなほおもへれど、みじかからぬとしつき世のさまのうつりかはりしあと、かの萬波あひうちしなごりもや、そこここにしるしとやいはん。うたのすがたそのこころばえをりふしにいたくたがひて、かれとこれとあるひはひとつ笛のうたぐちをもれいでしこゑとしもききとめがたからん。さらばこの笛のつくりあしきは證されたり――
こはこれつくりあしき笛一竿、されどこの日おのれそをとりてつつしみひざまづきて、いまはなき
萩原朔太郎先生の尊靈のみまへにささげまつらんとす。
そはこの鄙吝の身をもつて、おのれとしごろ詩歌のみちにしたがへるもの、ほかならずただ師のきみの高風を敬慕しまつれるの餘のみ。いま身は垂老の日にのぞみ、師は白玉樓中にさりたまふ、しかして世は曠古の大局にあたりて兵馬倥偬をきはめたり。感懷まことにとどまるところをしらざらんとするなり。ときはこれ昭和癸未のとし春のひと日、おのれまたこのひとまきの境をさりてながくかへりきたる日なきを知りをはんぬ。身たまたま肥薩の山野に漂泊して、萬象靉靆たるあひだにあり、しかしてこの序をしるしつつ、心頭を徂徠する雲影のうたた悲涼ならんとするをみづからあやしむとしかいふ。
三好達治識 [#改ページ]
白梅花
城あとのしもとのなかの
ひともとの老い木のうれに
梅の花はつはつ咲きぬ
槎たりやこのもかのもの
その枝の瑠璃のさかづき
甘からめ香ぐはしからめ
二つ三つ
目じろどり來てくちつくる
ひそかなりげにそのほかは
うごくものなき丘のべゆ
こゑなき海もはるか見ゆ
白梅花 又
梅老いて