本文へ移動
TORENDIA

辞典のすすめ

本文約700字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

現代人が辞典を日常的に活用せず、知識を補うための良き指針を身近に置きながら徒労を繰り返している現状を指摘する。筆者は独学の経験から辞典が持つ濃密な価値を説き、それを使いこなす習慣が不足している点を問題視する。優れた辞書を自己の頭脳の一部として活用し、自身の能力を開花させるために日頃から辞典を引くことの重要性を論じる随筆である。

吉川英治

👁 1 ビュー
速度
🎧 辞典のすすめ / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 1

とかく、現代人はまだ、辞書辞典などを、ほんとに、自分の頭脳にしきっていない。そのくせ、現今ほど、辞典の良書が、ぼくらの書架に、その選択の自由を豊かにされている時代もないのだが、なお遅れているのは、よくその辞典を使い生かす、こちらの頭の方にあるとおもう。

ひとつの理由は、その習慣づけが足りないのである。すぐ辞典を引く、またすぐ、辞書に問うてみるという日常の習性が日本人にはいたってすくない。ばかなはなしである。自分の書架に、ちゃんと、いつでも何でも訊いてくれといわんばかりに輝いている良師良友の辞典を措き忘れて、わからぬ事を、わからぬままに、よそへ向って、うろうろしている愚を、よく自分に見出すことがありはしないか。いやひとごとではない。私たちのような書斎人といわれる者すら、ままそんな非文化的な徒労をやって、あとから辞典に見いだして、ひと知れずよく苦笑する。自嘲をおぼえる。

一冊の良い辞典を備えれば、数十冊のいや数百冊の雑書も不要になるかとさえ思われる。それほど辞典のエキスは濃密なのだ。私などは独学をやってきたので、ひと頃の青年期には、良い辞書も少なかったし、また容易に買えなかった。そこでたまたま、古本の辞典でも手に入れると、辞典の初めの、ア行やイ行から、辞典を読んでしまったりしたものだった。――今は良い辞典がありすぎるのか。学生諸子のそれの引用度を見ていると、いかにも、せっかくな恩恵を充分に生かしていない。もったいない。惜しまれる。辞典は自己の脳細胞そのものの一部であることを、うっかりしている。この大切な鍵を持ち忘れていたんでは、自分の天分の扉を開くこともむりである。

(昭和三十五年)

完

吉川英治の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本