TRENDIA CLASSIC

谷崎潤一郎

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もう何年か前、私が一高の寄宿寮に居た当時の話。

或る晩のことである。その時分はいつも同室生が寝室に額を鳩めては、夜おそくまで蝋勉と称して蝋燭をつけて勉強する(その実駄弁を弄する)のが習慣になつて居たのだが、その晩も電燈が消えてしまつてから長い間、三四人が蝋燭の灯影にうづくまりつゝおしやべりをつゞけて居たのであつた。

その時、どうして話題が其処へ落ち込んだのかは明瞭でないが、何でも我れ/\は其の頃の我れ/\には極く有りがちな恋愛問題に就いて、勝手な熱を吹き散らして居たかのやうに記憶する。それから、自然の径路として人間の犯罪と云ふ事が話題になり、殺人とか、詐欺とか、窃盗などゝ云ふ言葉がめい/\の口に上るやうになつた。

「犯罪のうちで一番われ/\が犯しさうな気がするのは殺人だね。」

と、さう云つたのは某博士の息子の樋口と云ふ男だつた。

「どんな事があつても泥坊だけはやりさうもないよ。―――何しろアレは実に困る。外の人間は友達に持てるが、ぬすツととなるとどうも人種が違ふやうな気がするからナア。」

樋口はその生れつき品の好い顔を曇らせて、不愉快さうに八の字を寄せた。その表情は彼の人相を一層品好く見せたのである。

「さう云へば此の頃、寮で頻りに盗難があるツて云ふのは事実かね。」

と、今度は平田と云ふ男が云つた。平田はさう云つて、もう一人の中村と云ふ男を顧みて、「ねえ、君」と云つた。

「うん、事実らしいよ、何でも泥坊は外の者ぢやなくて、寮生に違ひないと云ふ話だがね。」

「なぜ。」

と私が云つた。

「なぜツて、委しい事は知らないけれども、―――」と、中村は声をひそめて憚るやうな口調で、「余り盗難が頻々と起るので、寮以外の者の仕業ぢやあるまいと云ふのさ。」

「いや、そればかりぢやないんだ。」

と、樋口が云つた。

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