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TORENDIA

尾生の信

本文約1,600字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

橋の下の洲で、尾生は約束した女を待ち続けている。夕刻から夜へと移り変わり、川の水が次第に満ちて足元まで押し寄せる中、周囲の静けさと深まる闇の中で女を待ちわびる様子を描く。後にその魂を自らに宿したと語る著者が、夢みがちに何かを待ち続ける自身の生と、尾生が抱いた永久に叶わぬ期待を重ね合わせる心象を綴る作品。

芥川龍之介

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🎧 尾生の信 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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尾生は橋の下に佇んで、さっきから女の来るのを待っている。

見上げると、高い石の橋欄には、蔦蘿が半ば這いかかって、時々その間を通りすぎる往来の人の白衣の裾が、鮮かな入日に照らされながら、悠々と風に吹かれて行く。が、女は未だに来ない。

尾生はそっと口笛を鳴しながら、気軽く橋の下の洲を見渡した。

橋の下の黄泥の洲は、二坪ばかりの広さを剰して、すぐに水と続いている。水際の蘆の間には、大方蟹の棲家であろう、いくつも円い穴があって、そこへ波が当る度に、たぶりと云うかすかな音が聞えた。が、女は未だに来ない。

尾生はやや待遠しそうに水際まで歩を移して、舟一艘通らない静な川筋を眺めまわした。

川筋には青い蘆が、隙間もなくひしひしと生えている。のみならずその蘆の間には、所々に川楊が、こんもりと円く茂っている。だからその間を縫う水の面も、川幅の割には広く見えない。ただ、帯ほどの澄んだ水が、雲母のような雲の影をたった一つ鍍金しながら、ひっそりと蘆の中にうねっている。が、女は未だに来ない。

尾生は水際から歩をめぐらせて、今度は広くもない洲の上を、あちらこちらと歩きながら、おもむろに暮色を加えて行く、あたりの静かさに耳を傾けた。

橋の上にはしばらくの間、行人の跡を絶ったのであろう。沓の音も、蹄の音も、あるいはまた車の音も、そこからはもう聞えて来ない。風の音、蘆の音、水の音、――それからどこかでけたたましく、蒼鷺の啼く声がした。と思って立止ると、いつか潮がさし出したと見えて、黄泥を洗う水の色が、さっきよりは間近に光っている。が、女は未だに来ない。

尾生は険しく眉をひそめながら、橋の下のうす暗い洲を、いよいよ足早に歩き始めた。その内に川の水は、一寸ずつ、一尺ずつ、次第に洲の上へ上って来る。同時にまた川から立昇る藻のや水のも、冷たく肌にまつわり出した。見上げると、もう橋の上には鮮かな入日の光が消えて、ただ、石の橋欄ばかりが、ほのかに青んだ暮方の空を、黒々と正しく切り抜いている。が、女は未だに来ない。

尾生はとうとう立ちすくんだ。

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