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TORENDIA

出来上った人

本文約560字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

室生犀星という人物が他者に依存せず、自らの世界を確立している様子を記す。執筆者は、世間を恐れず日々の生活を営む室生の人となりに感心し、その堂々とした姿勢を独自の観点から綴る。詩人としての評価とは別に、一人の友人としての内面や人間性に焦点を当て、その存在感を論じる随筆である。

芥川龍之介

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🎧 出来上った人 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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室生犀星はちゃんと出来上った人である。僕は実は近頃まであの位室生犀星なりに出来上っていようとは思わなかった。出来上った人と云う意味はまあ簡単に埒を明ければ、一家を成した人と思えば好い。或は何も他に待たずに生きられる人と思えば好い。室生は大袈裟に形容すれば、日星河岳前にあり、室生犀星茲にありと傍若無人に尻を据えている。あの尻の据えかたは必しも容易に出来るものではない。ざっと周囲を見渡した所、僕の知っている連中でも大抵は何かを恐れている。勿論外見は恐れてはいない。内見も――内見と言う言葉はないかも知れない。では夫子自身にさえ己は無畏だぞと言い聞かせている。しかしやはり肚の底には多少は何かを恐れている。この恐怖の有無になると、室生犀星は頗る強い。世間に気も使わなければ、気を使われようとも思っていない。庭をいじって、話を書いて、芋がしらの水差しを玩んで――つまり前にも言ったように、日月星辰前にあり、室生犀星茲にありと魚眠洞の洞天に尻を据えている。僕は室生と親んだ後この点に最も感心したのみならずこの点に感心したことを少からず幸福に思っている。先頃「高麗の花」を評した時に詩人室生犀星には言い及んだから、今度は聊か友人――と言うよりも室生の人となりを記すことにした。或はこれも室生の為に「こりゃ」と叱られるものかも知れない。

完

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