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TORENDIA

偸盗

本文約48,600字 ・ 読了時間 約98分

あらすじ(AIが作成しました)

朱雀綾小路の辻で出会った片目の侍太郎と猪熊の老婆は、今夜の羅生門での集まりや、沙金という女性の動向を語り合う。その後、太郎は次郎という兄弟や沙金を交えた激しい争いの渦中に身を置くこととなり、猪熊の家で発生した惨劇へと物語は展開する。本作は、殺伐とした人間関係の中で獣のように生きる人々の情念と、その後の運命を描く。

芥川龍之介

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一

「おばば、猪熊のおばば。」

朱雀綾小路の辻で、じみな紺の水干に揉烏帽子をかけた、二十ばかりの、醜い、片目の侍が、平骨の扇を上げて、通りかかりの老婆を呼びとめた。――

むし暑く夏霞のたなびいた空が、息をひそめたように、家々の上をおおいかぶさった、七月のある日ざかりである。男の足をとめた辻には、枝のまばらな、ひょろ長い葉柳が一本、このごろはやる疫病にでもかかったかと思う姿で、形ばかりの影を地の上に落としているが、ここにさえ、その日にかわいた葉を動かそうという風はない。まして、日の光に照りつけられた大路には、あまりの暑さにめげたせいか、人通りも今はひとしきりとだえて、たださっき通った牛車のわだちが長々とうねっているばかり、その車の輪にひかれた、小さな蛇も、切れ口の肉を青ませながら、始めは尾をぴくぴくやっていたが、いつか脂ぎった腹を上へ向けて、もう鱗一つ動かさないようになってしまった。どこもかしこも、炎天のほこりを浴びたこの町の辻で、わずかに一滴の湿りを点じたものがあるとすれば、それはこの蛇の切れ口から出た、なまぐさい腐れ水ばかりであろう。

「おばば。」

「……」

老婆は、あわただしくふり返った。見ると、年は六十ばかりであろう。垢じみた檜皮色の帷子に、黄ばんだ髪の毛をたらして、尻の切れた藁草履をひきずりながら、長い蛙股の杖をついた、目の丸い、口の大きな、どこか蟇の顔を思わせる、卑しげな女である。

「おや、太郎さんか。」

日の光にむせるような声で、こう言うと、老婆は、杖をひきずりながら、二足三足あとへ帰って、まず口を切る前に、上くちびるをべろりとなめて見せた。

「何か用でもおありか。」

「いや、別に用じゃない。」

片目は、うすいあばたのある顔に、しいて作ったらしい微笑をうかべながら、どこか無理のある声で、快活にこう言った。

「ただ、沙金がこのごろは、どこにいるかと思ってな。」

「用のあるは、いつも娘ばかりさね。鳶が鷹を生んだおかげには。」

猪熊のばばは、いやみらしく、くちびるをそらせながら、にやついた。

「用と言うほどの用じゃないが、今夜の手はずも、まだ聞かないからな。」

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