TRENDIA CLASSIC
十円札
芥川龍之介
1 / 11
ある曇った初夏の朝、堀川保吉は悄然とプラットフォオムの石段を登って行った。と云っても格別大したことではない。彼はただズボンのポケットの底に六十何銭しか金のないことを不愉快に思っていたのである。
当時の堀川保吉はいつも金に困っていた。英吉利語を教える報酬は僅かに月額六十円である。片手間に書いている小説は「中央公論」に載った時さえ、九十銭以上になったことはない。もっとも一月五円の間代に一食五十銭の食料の払いはそれだけでも確かに間に合って行った。のみならず彼の洒落れるよりもむしろ己惚れるのを愛していたことは、――少くともその経済的意味を重んじていたことは事実である。しかし本を読まなければならぬ。埃及の煙草も吸わなければならぬ。音楽会の椅子にも坐らなければならぬ。友だちの顔も見なければならぬ。友だち以外の女人の顔も、――とにかく一週に一度ずつは必ず東京へ行かなければならぬ。こう云う生活欲に駆られていた彼は勿論原稿料の前借をしたり、父母兄弟に世話を焼かせたりした。それでもまだ金の足りない時には赤い色硝子の軒燈を出した、人出入の少い土蔵造りの家へ大きい画集などを預けることにした。が、前借の見込みも絶え、父母兄弟とも喧嘩をした今は、――いや、今はそれどころではない。この紀元節に新調した十八円五十銭のシルク・ハットさえとうにもう彼の手を離れている。………
芥川龍之介の他の作品
TRENDIA CLASSIC
内田百間氏
芥川龍之介
内田百間氏
芥川龍之介 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
剛才人と柔才人
と
芥川龍之介
剛才人と柔才人と
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「支那游記」自
序
芥川龍之介
「支那游記」自序
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
「侏儒の言葉」
の序
芥川龍之介
「侏儒の言葉」の序
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
装幀に就いての
私の意見
芥川龍之介
装幀に就いての私の意見
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
出来上った人
芥川龍之介
出来上った人
芥川龍之介 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
夏目先生と滝田
さん
芥川龍之介
夏目先生と滝田さん
芥川龍之介 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
二人の紅毛畫家
芥川龍之介
二人の紅毛畫家
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
亦一説?
芥川龍之介
亦一説?
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
無題
芥川龍之介
無題
芥川龍之介 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
森先生
芥川龍之介
森先生
芥川龍之介 ・ 約2分
TRENDIA CLASSIC
臘梅
芥川龍之介
臘梅
芥川龍之介 ・ 約1分