一 平氏政府
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を現す。驕れる者久しからず、唯春の夜の夢の如し。
流石に曠世の驕児入道相国が、六十余州の春をして、六波羅の朱門に漲らしめたる、平門の栄華も、定命の外に出づべからず。荘園天下に半して子弟殿上に昇るもの六十余人、平大納言時忠をして、平門にあらずンば人にして人にあらずと、豪語せしめたるは、平氏が空前の成功也。而して平氏自身も亦其成功の為に仆るべき数を担ひぬ。
天下太平は武備機関の制度と両立せず。生産的発展は争乱の時代と並存せず。今や平氏の成功は、其武備機関の制度と両立する能はざる天下太平を齎せり。天下太平は物質的文明の進歩を齎し、物質的文明の進歩は富の快楽を齎せり。単に富の快楽を齎せるのみならず、富の渇想を齎せり。単に富の渇想を齎せるのみならず、又実に富の崇拝を齎し来れり。長刀短褐、笑つて死生の間に立てる伊勢平氏の健児を中心として組織したる社会にして、是に至る、焉ぞ傾倒を来さざるを得むや。平氏が藤門の長袖公卿を追ひて一門廟廊に満つるの成功を恣にせるは、唯彼等が剛健なりしを以て也。唯彼等が粗野なりしを以て也。唯彼等が菜根を噛み得しを以て也。詳に云へば、唯彼等が、東夷西戎の遺風を存せしを以て也。彼等は富貴の尊ぶべきを知らず、彼等は官爵の拝すべきを解せず、彼等は唯、馬首一度敵を指せば、死すとも亦退くべからざるを知るのみ。しかも往年の高平太が一躍して太政大臣の印綬を帯ぶるや、彼等は彼等を囲繞する社会に、黄金の勢力を見、紫綬の勢力を見、王笏の勢力を見たり。彼等は、管絃を奏づる公子を見、詩歌を弄べる王孫を見、長紳をける月卿を見、大冠を頂ける雲客を見たり。約言すれば彼等は始めて富の快楽に接したり。富の快楽は富の渇想となり、富の渇想は忽に富の崇拝となれり。