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TORENDIA

寒さ

本文約3,900字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

冬の物理教官室で、保吉は同僚の宮本から「男女の恋愛は熱の移動と同じである」という独自の伝熱理論を聞かされる。数日後、保吉は踏切で子供を救おうとした踏切番が列車に轢かれる惨事に遭遇する。血から立ち昇る蒸気を見て、宮本の冷徹な物理法則を思い出し、人の生と死を巡る無常さに心を揺さぶられる。その後、プラットホームで手袋を落とした保吉は、凍てつく世界の中にも微かな温もりが存在する可能性を感じとる。

芥川龍之介

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🎧 寒さ / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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ある雪上りの午前だった。保吉は物理の教官室の椅子にストオヴの火を眺めていた。ストオヴの火は息をするように、とろとろと黄色に燃え上ったり、どす黒い灰燼に沈んだりした。それは室内に漂う寒さと戦いつづけている証拠だった。保吉はふと地球の外の宇宙的寒冷を想像しながら、赤あかと熱した石炭に何か同情に近いものを感じた。

「堀川君。」

保吉はストオヴの前に立った宮本と云う理学士の顔を見上げた。近眼鏡をかけた宮本はズボンのポケットへ手を入れたまま、口髭の薄い唇に人の好い微笑を浮べていた。

「堀川君。君は女も物体だと云うことを知っているかい?」

「動物だと云うことは知っているが。」

「動物じゃない。物体だよ。――こいつは僕も苦心の結果、最近発見した真理なんだがね。」

「堀川さん、宮本さんの云うことなどを真面目に聞いてはいけませんよ。」

これはもう一人の物理の教官、――長谷川と云う理学士の言葉だった。保吉は彼をふり返った。長谷川は保吉の後ろの机に試験の答案を調べかけたなり、額の禿げ上った顔中に当惑そうな薄笑いを漲らせていた。

「こりゃ怪しからん。僕の発見は長谷川君を大いに幸福にしているはずじゃないか?――堀川君、君は伝熱作用の法則を知っているかい?」

「デンネツ? 電気の熱か何かかい?」

「困るなあ、文学者は。」

宮本はそう云う間にも、火の気の映ったストオヴの口へ一杯の石炭を浚いこんだ。

「温度の異なる二つの物体を互に接触せしめるとだね、熱は高温度の物体から低温度の物体へ、両者の温度の等しくなるまで、ずっと移動をつづけるんだ。」

「当り前じゃないか、そんなことは?」

「それを伝熱作用の法則と云うんだよ。さて女を物体とするね。好いかい? もし女を物体とすれば、男も勿論物体だろう。すると恋愛は熱に当る訣だね。今この男女を接触せしめると、恋愛の伝わるのも伝熱のように、より逆上した男からより逆上していない女へ、両者の恋愛の等しくなるまで、ずっと移動をつづけるはずだろう。長谷川君の場合などは正にそうだね。……」

「そおら、はじまった。」

長谷川はむしろ嬉しそうに、擽られる時に似た笑い声を出した。

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