TRENDIA CLASSIC

漱石山房の秋

芥川龍之介

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夜寒の細い往来を爪先上りに上つて行くと、古ぼけた板屋根の門の前へ出る。門には電灯がともつてゐるが、柱に掲げた標札の如きは、殆ど有無さへも判然しない。門をくぐると砂利が敷いてあつて、その又砂利の上には庭樹の落葉が紛々として乱れてゐる。

砂利と落葉とを踏んで玄関へ来ると、これも亦古ぼけた格子戸の外は、壁と云はず壁板と云はず、悉く蔦に蔽はれてゐる。だから案内を請はうと思つたら、まづその蔦の枯葉をがさつかせて、呼鈴の鈕を探さねばならぬ。それでもやつと呼鈴を押すと、明りのさしてゐる障子が開いて、束髪に結つた女中が一人、すぐに格子戸の掛け金を外してくれる。玄関の東側には廊下があり、その廊下の欄干の外には、冬を知らない木賊の色が一面に庭を埋めてゐるが、客間の硝子戸を洩れる電灯の光も、今は其処までは照らしてゐない。いや、その光がさしてゐるだけに、向うの軒先に吊した風鐸の影も、反つて濃くなつた宵闇の中に隠されてゐる位である。

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