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TORENDIA

捨児

本文約4,700字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

浅草の信行寺の門前に捨てられた勇之助は、住職の日錚和尚に引き取られ育てられる。数年後、自身を産んだと称する女が現れ、かつての困窮から我が子を捨てた経緯を語り、勇之助を引き取る。勇之助は成人後、その女が実母ではなく、和尚の説教に感化されて自ら母の役を演じ尽くした他人であることを知る。血の繋がりを超え、互いに嘘を抱えたまま慈しみ合った母子の物語を、勇之助自身の述懐を通じて描く。

芥川龍之介

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🎧 捨児 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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「浅草の永住町に、信行寺と云う寺がありますが、――いえ、大きな寺じゃありません。ただ日朗上人の御木像があるとか云う、相応に由緒のある寺だそうです。その寺の門前に、明治二十二年の秋、男の子が一人捨ててありました。それがまた生れ年は勿論、名前を書いた紙もついていない。――何でも古い黄八丈の一つ身にくるんだまま、緒の切れた女の草履を枕に、捨ててあったと云う事です。

「当時信行寺の住職は、田村日錚と云う老人でしたが、ちょうど朝の御勤めをしていると、これも好い年をした門番が、捨児のあった事を知らせに来たそうです。すると仏前に向っていた和尚は、ほとんど門番の方も振り返らずに、「そうか。ではこちらへ抱いて来るが好い。」と、さも事もなげに答えました。のみならず門番が、怖わ怖わその子を抱いて来ると、すぐに自分が受け取りながら、「おお、これは可愛い子だ。泣くな。泣くな。今日からおれが養ってやるわ。」と、気軽そうにあやし始めるのです。――この時の事は後になっても、和尚贔屓の門番が、樒や線香を売る片手間に、よく参詣人へ話しました。御承知かも知れませんが、日錚和尚と云う人は、もと深川の左官だったのが、十九の年に足場から落ちて、一時正気を失った後、急に菩提心を起したとか云う、でんぼう肌の畸人だったのです。

「それから和尚はこの捨児に、勇之助と云う名をつけて、わが子のように育て始めました。が、何しろ御維新以来、女気のない寺ですから、育てると云ったにした所が、容易な事じゃありません。守りをするのから牛乳の世話まで、和尚自身が看経の暇には、面倒を見ると云う始末なのです。何でも一度なぞは勇之助が、風か何か引いていた時、折悪く河岸の西辰と云う大檀家の法事があったそうですが、日錚和尚は法衣の胸に、熱の高い子供を抱いたまま、水晶の念珠を片手にかけて、いつもの通り平然と、読経をすませたとか云う事でした。

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