TORENDIA
二人の友
森鴎外
TORENDIA
二人の友
本文約11,500字 ・ 読了時間 約23分
あらすじ(AIが作成しました)
豊前の小倉で役人として暮らす「私」のもとに、ドイツ語を学ぶことを熱望する若い男F君が訪れる。F君の卓越した語学力に驚いた私は、身寄りのない彼を支援し、二人は交流を深める。F君は近所に住む女学生と親交を重ね、やがて彼女の親の反対を乗り越えて結婚する。その後、「私」は戦地へ赴き、友である安国寺の病やF君の生活を見守るが、時を経てF君の突然の訃報に接するまでを描く。
🎧 まだ音声版はありません
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
1 / 16
私は豊前の小倉に足掛四年いた。その初の年の十月であった。六月の霖雨の最中に来て借りた鍛冶町の家で、私は寂しく夏を越したが、まだその夏のなごりがどこやらに残っていて、暖い日が続いた。毎日通う役所から四時過ぎに帰って、十畳ばかりの間にすわっていると、家主の飼う蜜蜂が折々軒のあたりを飛んで行く。二台の人力車がらくに行き違うだけの道を隔てて、向いの家で糸を縒る車の音が、ぶうんぶうんと聞える。糸を縒っているのは、片目の老処女で、私の所で女中が宿に下がった日には、それが手伝に来てくれるのであった。
或る日役所から帰って、机の上に読みさして置いてあった Wundt の心理学を開いて、半ペエジばかり読んだが、気乗がせぬので止めた。そしていつもの車の音を聞いてぼんやりしていた。
そこへ女中が知らぬ人の名刺を持って来た。どんな人かと問えば、洋服を著た若い人だと云う。とにかく通せと云うと、すぐにその人が這入って来た。
二十を僅に越した位の男で、快活な、人に遠慮をせぬ性らしく見えた。この人が私にそう云う印象を与えたのは、多く外国人に交って、識らず知らずの間に、遠慮深い東洋風を棄てたのだと云うことが、後に私にわかった。