TRENDIA CLASSIC
二人の友
森鴎外
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私は豊前の小倉に足掛四年いた。その初の年の十月であった。六月の霖雨の最中に来て借りた鍛冶町の家で、私は寂しく夏を越したが、まだその夏のなごりがどこやらに残っていて、暖い日が続いた。毎日通う役所から四時過ぎに帰って、十畳ばかりの間にすわっていると、家主の飼う蜜蜂が折々軒のあたりを飛んで行く。二台の人力車がらくに行き違うだけの道を隔てて、向いの家で糸を縒る車の音が、ぶうんぶうんと聞える。糸を縒っているのは、片目の老処女で、私の所で女中が宿に下がった日には、それが手伝に来てくれるのであった。
或る日役所から帰って、机の上に読みさして置いてあった Wundt の心理学を開いて、半ペエジばかり読んだが、気乗がせぬので止めた。そしていつもの車の音を聞いてぼんやりしていた。
そこへ女中が知らぬ人の名刺を持って来た。どんな人かと問えば、洋服を著た若い人だと云う。とにかく通せと云うと、すぐにその人が這入って来た。
二十を僅に越した位の男で、快活な、人に遠慮をせぬ性らしく見えた。この人が私にそう云う印象を与えたのは、多く外国人に交って、識らず知らずの間に、遠慮深い東洋風を棄てたのだと云うことが、後に私にわかった。
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