TRENDIA CLASSIC
舞姫
森鴎外
1 / 21
石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと靜にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ來る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に殘れるは余一人のみなれば。
五年前の事なりしが、平生の望足りて、洋行の官命を蒙り、このセイゴンの港まで來し頃は、目に見るもの、耳に聞くもの、一つとして新ならぬはなく、筆に任せて書き記しつる紀行文日ごとに幾千言をかなしけむ、當時の新聞に載せられて、世の人にもてはやされしかど、今日になりておもへば、穉き思想、身の程知らぬ放言、さらぬも尋常の動植金石、さては風俗などをさへ珍しげにしるしゝを、心ある人はいかにか見けむ。こたびは途に上りしとき、日記ものせむとて買ひし册子もまだ白紙のまゝなるは、獨逸にて物學びせし間に、一種の「ニル、アドミラリイ」の氣象をや養ひ得たりけむ、あらず、これには別に故あり。
げに東に還る今の我は、西に航せし昔の我ならず、學問こそ猶心に飽き足らぬところも多かれ、浮世のうきふしをも知りたり、人の心の頼みがたきは言ふも更なり、われとわが心さへ變り易きをも悟り得たり。きのふの是はけふの非なるわが瞬間の感觸を、筆に寫して誰にか見せむ。これや日記の成らぬ縁故なる、あらず、これには別に故あり。
森鴎外の他の作品
TRENDIA CLASSIC
鴎外漁史とは誰
ぞ
森鴎外
鴎外漁史とは誰ぞ
森鴎外 ・ 約18分
TRENDIA CLASSIC
あそび
森鴎外
あそび
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
阿部一族
森鴎外
阿部一族
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
うたかたの記
森鴎外
うたかたの記
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
ヰタ・セクスア
リス
森鴎外
ヰタ・セクスアリス
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
興津弥五右衛門
の遺書
森鴎外
興津弥五右衛門の遺書
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
興津弥五右衛門
の遺書(初稿)
森鴎外
興津弥五右衛門の遺書(初稿)
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
カズイスチカ
森鴎外
カズイスチカ
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
大塩平八郎
森鴎外
大塩平八郎
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
仮名遣意見
森鴎外
仮名遣意見
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
かのように
森鴎外
かのように
森鴎外
TRENDIA CLASSIC
寒山拾得
森鴎外
寒山拾得
森鴎外