TRENDIA CLASSIC

椙原品

森鴎外

1 / 11

私が大礼に参列するために京都へ立たうとしてゐる時であつた。私の加盟してゐる某社の雑誌が来たので、忙しい中にざつと目を通した。すると仙台に高尾の後裔がゐると云ふ話が出てゐるのを見た。これは伝説の誤であつて、しかもそれが誤だと云ふことは、大槻文彦さんがあらゆる方面から遺憾なく立証してゐる。どうして今になつてこんな誤が事新しく書かれただらうと云ふことを思つて見ると、そこには大いに考へて見て好い道理が存じてゐるのである。

誰でも著述に従事してゐるものは思ふことであるが、著述がどれ丈人に読まれるかは問題である。著述が世に公にせられると、そこには人がそれを読み得ると云ふポツシビリテエが生ずる。しかし実にそれを読む人は少数である。一般の人に読者が少いばかりではない。読書家と称して好い人だつて、其読書力には際限がある。沢山出る書籍を悉く読むわけには行かない。そこで某雑誌に書いたやうな、歴史に趣味を有する人でも、切角の大槻さんの発表に心附かずにゐることになるのである。

某雑誌の記事は奥州話と云ふ書に本づいてゐる。あの書は仙台の工藤平助と云ふ人の女で、只野伊賀と云ふ人の妻になつた文子と云ふものゝ著述で、文子は滝沢馬琴に識られてゐたので、多少名高くなつてゐる。しかし奥州話は大槻さんも知つてゐて、弁妄の筆を把つてゐるのである。

文子の説によれば、伊達綱宗は新吉原の娼妓高尾を身受して、仙台に連れて帰つた。高尾は仙台で老いて亡くなつた。墓は荒町の仏眼寺にある、其子孫が椙原氏だと云ふことになつてゐる。

森鴎外の他の作品