椙原品
本文約7,600字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
仙台に伝説上の人物・高尾の後裔が住んでいるという俗説に対し、著者は史実に基づき、その誤りを指摘する。高尾と目される女性の正体は、伊達綱宗の側室・品であり、品川の屋敷で綱宗に生涯忠実に仕えた人物であった。著者は綱宗の蟄居生活や芸術的才能、そして彼を巡る周囲の人間模様に注目し、歴史的事実を丹念に紐解きながら、誤伝の真相と埋もれた歴史上の人物像を浮き彫りにする。
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一
私が大礼に参列するために京都へ立たうとしてゐる時であつた。私の加盟してゐる某社の雑誌が来たので、忙しい中にざつと目を通した。すると仙台に高尾の後裔がゐると云ふ話が出てゐるのを見た。これは伝説の誤であつて、しかもそれが誤だと云ふことは、大槻文彦さんがあらゆる方面から遺憾なく立証してゐる。どうして今になつてこんな誤が事新しく書かれただらうと云ふことを思つて見ると、そこには大いに考へて見て好い道理が存じてゐるのである。
誰でも著述に従事してゐるものは思ふことであるが、著述がどれ丈人に読まれるかは問題である。著述が世に公にせられると、そこには人がそれを読み得ると云ふポツシビリテエが生ずる。しかし実にそれを読む人は少数である。一般の人に読者が少いばかりではない。読書家と称して好い人だつて、其読書力には際限がある。沢山出る書籍を悉く読むわけには行かない。そこで某雑誌に書いたやうな、歴史に趣味を有する人でも、切角の大槻さんの発表に心附かずにゐることになるのである。
某雑誌の記事は奥州話と云ふ書に本づいてゐる。あの書は仙台の工藤平助と云ふ人の女で、只野伊賀と云ふ人の妻になつた文子と云ふものゝ著述で、文子は滝沢馬琴に識られてゐたので、多少名高くなつてゐる。しかし奥州話は大槻さんも知つてゐて、弁妄の筆を把つてゐるのである。
文子の説によれば、伊達綱宗は新吉原の娼妓高尾を身受して、仙台に連れて帰つた。高尾は仙台で老いて亡くなつた。墓は荒町の仏眼寺にある、其子孫が椙原氏だと云ふことになつてゐる。